第2話 守ってやらなくちゃならない存在
「にぃ……うにゃ」
何とはなしに茉莉の頭を撫でてやると、気持ちの良さそうな猫の鳴き声みたいな反応が返って来た。
その様は人間には見えなくて、まるで屋根上で昼寝をする猫のようだった。
こんな風に甘えてくる茉莉の我が儘を聞いてしまうのは、今回が初めての事ではない。
割とよくある出来事だった。
茉莉とは小さい頃からの知り合いで、俺とこいつは幼なじみの関係にあたる。
兄代わりとして、いつもこの妹のような少女の面倒を見て来た影響で、何かを頼られると断りきれないのだ。
例えばそれは、つれていった遊園地で迷子になって泣きべそかいてた時であったり、泊まりに来た時に夜の暗闇が嫌で一人で眠れなれないとか言ってきた時であったり、宿題が自力で解けなくて頭を悩ませながら聞きに来た時であったりなど。
そんな事がある度に俺はずっと、手を引いてやったり添い寝してやったり、勉強を教えてやったりして……茉莉の面倒を見てきた。
茉莉と一緒にいない時間の方が少ないくらいだ。
だが、その度に最近は心配になる。
幼なじみの少女は果たして大人になった時に、一人で生きて行けるのだろうか。
こうして甘やかす度に、茉莉の将来に対する不安が頭をかすめてくるので、次からはと自制しようとするのだが、残念な事にその努力が実った例はあまりなかった。
寝息を立て続ける茉莉を見ながら、そんな事を考えているとそこに少女の声がかかる。
「まったく。妹離れできてない兄貴って、どうしようもない奴よね」
揶揄するような響きを言葉に乗せるのは、一つ年上である篠塚円の声だった。
脱色した短い白髪に、男前な相貌。醸し出す雰囲気からして、少女だという事を忘れそうになるくらいの、気安さやガサツさが滲み出ている。
だが、俺は知っている。人は見かけによらない事を。
この基地に集まるメンバーの中では、こいつが一番女性らしい感性を持ち合わせていて、掃除・炊事・選択などの家事全般は、全てそつなく完璧にこなすのだった。
やってきた円は、それを証明するかのように、手早くエプロンを身に着け、基地のあちこちに溜まっている汚れを、雑巾で拭いたり放棄で掃いたり。視界のあちこちで、うろうろと動き回っていた。
それは円の習性のようなものだった。
基地にやってきたらまず掃除をして、周囲を清潔に保つ。
彼女はその行為を、この場に来る度に欠かさずにやっている。
俺や茉莉、もう一人のこの基地を利用するメンバーは掃除をマメにする方ではないので特にだろう。
彼女にとってその清掃作業は、この場を借りている事への、一つの恩返しの様な、ものらしい。
表面上からはあまり読み取れないが、彼女は義に厚く恩を忘れず……というどこぞの時代に存在するかのような武士みたいな人間なのだ。
「相変わらずよく飽きもせずやれるな」
「アタシが掃除に飽きて困るのは、アンタ達でしょ? こういうのだって楽しみ方ってもんがあるんだから」
「俺には分からない世界の話だな」
「アンタ、大人になってから苦労するわよ」
そんな円は、俺と同じ高校に通う先輩にあたる身分の人間だ。
だが、俺は年上だからという単純な理由では、目の前にいる人物を敬う気にはなれなかった。
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