5幕 曇天

1 深き暗き底無しの…

 1 深き暗き底無しの…


 ―――――――――――――――。


 暗がりを歩む―ここはどこか。見覚えはある。


 ―――――――――――――――。


 太刀を振るう―何かを切った。何かが倒れた。


 ―――――――――――――――。


 知っている気がする。この場所も、今、切ったものも。


「貴条様、何を―」


 ―――――――――――――――。


 声はかき消される―刃は勝手に振るわれる。


 気付けば、衣は真っ赤だ―なぜ紅いのだろうか。黒く、赤く、鉄臭いのだろうか。


 ぎし、と板を踏む。階段を上がっている。登る先は―そう。天手だ。天手―城の頂き。


 ――――――――――――――せ。


 その戸を切り捨てる―踏みいる先、月光の中に老人が一人座している。


「貴条か……ここは夢か。まだ、夢の中か?」


 ――――――――――――――せ。


 老人の声は聞こえない―ただ足は歩く。寄っていく。太刀を手に。


「そうか。……知らぬ間に、狐に居座られたらしいな」


 なんだか懐かしい声だ―理性の、芯のある声。誰だか、思い出せそうな気がして―。


 ―――――――――――――殺せ。


「貴条。苦労をかけた」


 一刀を振るった―老人は鮮血を巻き散らし、倒れこむ―。


 ―――――――――――して殺せ。


「才条、様……」


 そんな声が聞こえた。誰の声か―自分の声だ。俺―貴条の声。


「ああ、才条様…?俺が、……俺は……」


 よろめく―認められない。足は動く、逃げ出すように背を向けて、暗い城を駆け下りる。


 どこに行っても血の匂い、赤――――。


 ―――――――――落として殺せ。


 誰が切った、―これを、誰がやった。皆を、誰が―


「俺、――が?」


 足元に躯が転がっていた。知った顔の躯―


「あ、あ、あああああああああああああ!?」


 暗く落ち込んで行く―何も見えない。何も感じない。何も消えない―


 ―――――――れ。落として殺せ。


「あらあら、貴条様。やはりまだ残っていたのですね。意思か、それとも術が弱いのか。まあ、これで落ちたでしょう」


 ――――引きずれ。落として殺せ。


「さあ、貴条様。身を委ねて」


 ――掴め。引きずれ。落として殺せ。全ては躯。共にこの暗がりの底に―


「…皆殺しに致しましょう?この浄土、全てを血の沼に…」

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