6 妙案、されど……
6 妙案、されど……
「と言うわけで、貴条殿を切ったぞ」
熊屋に戻って開口一番、雫はそう言った。
「……な、そんな……」
その言葉を聞いた途端、陽はよろよろと座り込んでしまう。その姿を見て、伝え方を間違ったらしいと考えながら、雫はまた言った。
「あと、陽殿もわしが切った。とう、とな」
その言葉に、陽は呆気にとられる。
「は?な、何を言っていらっしゃるのですか?」
陽にはまるで話の流れが掴めなかったが―しかしその場には察しの良い者もいる。
「死んだことにして、収めると?」
神那の言葉に雫は頷いた。
「うむ。貴条殿がどう動くかはしれんが、しばらく陽殿はこの熊屋に隠そうぞ。その上で金成殿にでも自慢すれば、勝手に噂は流れようのう」
雫の言葉に陽は問いかける。
「では、貴条様は生きていらっしゃるのですか?」
「うむ。恐らくはほとぼり覚めた後、始末をつけるのであろう」
「始末……」
「ま、陽殿は待っていれば良かろう。貴条殿は腕が立つ―いかようにもなろう。と、それで良いか、神那様」
「ええ……。良いでしょう。陽さんをかくまうのですね。とにもかくにも、ご苦労でした」
「おう、ねぎらいとは珍し―」
「雫。貴方に言っているのではありません。陽さんに言ったのです」
「さようですか……」
「ご苦労も何も、私は何もしておりません。何が起きているのかも、いまいち……」
「知らされぬなら知らずに良いのです。さて、陽さん。部屋をあてがいましょう。それから、死人を表には立てませんし……一体、何をしていただきましょうか」
そう呟いて、神那はにんまりと笑った。
陽にはその笑みの意味がわからず―そんな陽の肩をぽんと叩いて、沙羅は言った。
「ごくろう」
「…?ですから、私は何も……」
「ちがう。これから、ごくろう」
「それは、どういった……」
陽は首を傾げる。と、そこで神那は手を叩き声を上げた。
「そうだ。やはり、掃除ですね。ええ、そうしましょう。では、陽さん。居座るのであれば、働いて貰いましょうか?」
そう言った神那の顔には、満面の笑みが張り付いていた。
*
日は影りだす―その中を、貴条は一人歩んだ。
死んだ事にする。姑息だが確かに良い手だ。あの杏奈がそうやすやすと信じるとも思えないが、少なくとも陽の身は守れよう。
なれば、憂いは断たれる―。
「とかく、噂が回り、油断するまで……」
身を隠さねばならん。そう呟きかけた所で―急に腹が熱くなった。
熱さは痛みに変わる―ぽたりと滴り落ちる音。貴条は自身の腹を見下ろす―そこからは、刃が生えていた。
何者かに、背から貫かれたのだ。
「そうは問屋が下ろさないのよねぇ」
聞き覚えのある、女の声が背から聞こえる。
「杏、奈……」
崩れ落ちながら貴条は見上げた。背後に現れた悪女―返り血を浴びて妖艶に笑う杏奈を。
「どちらか倒れれば良し。相打てばそれもよしと考えていたのだけど……こうなれば仕様もない。力技にしようと思って。ねえ、貴条様」
杏奈は笑う―その声に、別の声が混ざりあった。
―――――――――――――――。
それは咆哮のようで、嘆きの様で―昏い、暗い声。
「これは……」
「貴方に突き刺さっているのは妖刀。一つ、手元にあったから、使おうと思って。妖刀は人を異なるものへと変ず。使うたびに、だんだんと……」
―――――――――――――――。
意味の分からぬ言葉は、頭の中を駆け巡る―毒が回るように。
「でも、一気に落とす方法を見つけたの。まあ、昔は失敗したから、余りやりたくないけど。今回はうまく行くわ……。だって、私も頑張ったもの…」
そう囁いて、杏奈は倒れ伏す貴条の頬を指で撫でた。
「貴条様。私、あなたのこと好きよ。まっすぐで、強情で。だから、壊れて欲しくて。……楽しく、苦しく、狂おしく……狂わせてあげる。妖刀に呑まれ―そして私の人形に」
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