2 娘の過去
2 娘の過去
苔むした石段を登る―登った先に何があるのか。とにもかくにも連れ出され、雫はぶうと文句を垂れた。
「まったく、早くからどこに行こうというのだ……」
そんな雫に、神那は涼し気に告げる。
「何を言うのです、雫。貴方を置いて、誰が荷を持つと?」
「荷と言っても花ではないか……花くらい自分で持てば良かろう!」
「そんなに羽織を盗む機会が欲しかったのですか、雫」
「む、なぜそれを……」
びくりと身を震わせそう言った雫に、沙羅は言った。
「あにじゃ。昨日大声で言ってた」
「悪だくみは口にするものでは無いですよ、雫」
「ぐぬぬ……」
やがて、三人は石段を登り切る―その上にあったのは手入れの無い鳥居と、廃屋である。
「む?社、かの」
呟いた雫を置いて、神那は歩んだ―廃屋の影へと。
そこには墓があった―銘は刻まれていないが、恐らくは墓石らしき物が。
「社に、墓と。何故?」
「……他に場所が無かったのでしょう」
神那はそう言った―墓の前で足を止める。そこには既に、花が置かれていた。
「ふむ。銘はないが、誰の墓かの?」
「父です」
「おやじ?」
沙羅は、そう問いかける―熊狩が父では無いのかと。
「父上は―熊狩は身よりない私をひきとり、育ててくれました」
「血は繋がっていない、のか。ふむ。では、家族はもう?」
「はい。……いえ。兄がいます。どこに居るのか、出ていったきりですが……」
そう涼し気な顔で呟いて、神那は雫の手から花を受け取った。そして、言う。
「沙羅。雫。しばし暇を出します。先に戻って下さいな」
「ふむ……まあ良かろう。では待っているとしよう。往くぞ、沙羅」
「……せっかくのぼったのに?」
「まあ、そう言うな。神那様が後で甘味を買ってくれるらしいぞ」
「そうなの?」
「……良いでしょう。沙羅になら、買ってあげても」
「良かったのう、沙羅。……わしにも分けておくれよ?」
「考えとく」
「そうか……。沙羅、悪女にならんでくれな?な?」
「考えとく」
そんな事を言いながら、雫と沙羅はさっさと下りていった。
その背を眺めた後に、神那は墓を見た。その根元の花―既に置かれていた花を。
「兄上。やはり、まだ……」
*
陽の生家は、子が多かった―それが、陽が売られた故である。良くある話だ―口は多く、だが稼ぎは少ない。だから奉公に出された。奉公先がまともであるならそれも良い。
問題は奉公先が、人を売り買いする商いを行っていた事だ。
幼い陽は買われた先で、また商品となった。出身は北の寒村と聞いている―この浄土を通っていた以上、南に売られるところだったのか。
とにかくそこで、才条が目をつけ諸共買い上げ、そしてそのまま自由を与えた。
そう、救ったのは才条だ―同じく買われ、自由になったばかりの貴条はただ言われて、牢の鍵を開けただけ。それだけだと言うのに、妙に陽は貴条を慕うようになっていた。
あの頃、陽は10にも満たなかったか―貴条は城の廊下を歩みながら、そんな事を思い出していた。
故は単純、どうにもあの陽が、色に惑うようになったらしい。良い事だと貴条は思った。
あの子は、根本的な何かを間違える癖があるのだ。貴条を慕うもそう、真似て太刀を持つもそう。別に城に居座るでも、太刀を持つ必要などなかったのだ。
そこをどう勘違いしたのか、男装までするようになり―だが今は、櫛一つで悩んでいるらしい。
成長か、あるいはまた別の勘違いか―どちらでも良い。
ただ、それはきっと、楽しい悩みだろう――だから、貴条は気分が良かった。妹の成長を楽しむような気分である―勿論、相手が誰か後で調べる気は満々だが。
とにかく、貴条の心は軽く―だからこそ、足取りは重かった。
杏奈に呼び出された―一応名目は才条からになってはいるが、けれどかの恩人は既に伽藍洞―恩を忘れる気は無いが、見切りはつけている。
あの悪女に呼ばれ、朗報を耳にした事など無いのだ―。
重い足は天手に向かう。ゆっくりと、だが逃れる事できず―。
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