6 夜が明けて

 6 夜が明けて


 朝日が登る―道は昨夜の喧騒が嘘のように静かだ。


 そんな熊屋の前で、陽は膝を抱え座り込んでいた。犬の面―鬼の子を盗み、あるいは昨夜陽を救ったあの者は、熊屋の名を出していた。


 だからこそ、生きているならここに来るはず。会えはしないにしても、話を聞けば息災は知れる―。


「あの傷で、生きていれば……」


 呟いて、陽は自身の手を見た。そこにある櫛を。


 熊屋は留守の様。日が昇っても未だ留守―だから陽はずっと座っている。


 と、そこで通りの向こうから騒がしい声が聞こえてきた。


「遊んで良いと言ったであろう……待つ必要などなかったのだぞ?」

「遊んでいる間に死なれては寝覚めが悪いでしょう。拾った犬の死に目であれば、あっておくのが飼い主の勤めでしょう」

「だから、わしは死なんというに……まったく。む?」


 声に顔を上げる―やって来たのは三人だ。熊屋の神那に、尻に敷かれていた少年―雫。そして雫の背には寝ている鬼の娘が負われていた。


「おう、これはこれは。陽殿ではないか。何をしておるのだ?」


 雫にそう問われ、陽は立ち上がる。


「いえ、その……面の方は、息災、か、……と?」


 陽の言葉はだんだんと途切れる。その視線の先は雫の衣―覚えのある位置にある傷と、そして頭の横についている覚えのある面。


「では、貴方が……面の方……」

「うむ。見ての通り無事よ。む!?いや違うぞ、わしでは無い!わしでは無いから助平とか言って切り掛らんでくれ!」


 雫はそう喚いた―と、その言葉に神那が反応する。


「雫。助平とはなんです。よもや、よそ様に迷惑をおかけしたと?」

「何を!迷惑などかけておらん、ちょっと確認しただけよ、のう?……って違う!わしは面の者では無いぞ!痛い!?」


 雫は神那にはたかれていた。その様子に、陽は首を傾げる。


「狐面と渡り合うだけの腕がありながら、なぜそれは避けられないのですか?」

「避ければ、より酷い目に遭うのだ……。うう、お師匠のせいで、こんな性分に……」


 涙ぐむ雫に、陽は呟いた。


「……格好が悪いですね」

「ぐは!?」


 雫は直球の言葉に倒れんばかりに衝撃を受けた。陽は失言に気付き、ごまかし出した。


「あ、いえ、そうでは無く、…こう、思っていたよりもと……」

「ぐふ!?」


 ごまかす気で繰り出された追撃に、雫は崩れ落ちた。


「あらあら、容赦のない……やはり、面を付けた以上色男で無ければ成り立たぬのですね。身の程を知ったようで何よりです、雫」

「ぐぬぬ……おのれ神那、お主がつけろと言ったのであろう……」

「何か言いましたか?」

「なんでもありませぬ」

「さて、陽さん。立ち話もなんでしょう。上がっていかれますか?」

「いえ……無事と知れればそれで。では、私はこれで……ああ、そうだ。これを」


 そう言って、陽は雫に櫛を差し出した。


「落とされたのでしょう。貴方の物では」

「む。それは……」


 雫は櫛を見て、それからちらと神那に視線を送る。そうして、一つ溜息をついた。


「良い。そなたにやろう」

「え?しかし……」

「わしが持っていても仕様もないしな。そなたの方が使い手もあろう」


 そう言われて、陽は雫を眺め、それから神那を見た。


「くれるというなら、貰うも花では?」


 神那もそう言っている―陽はしばし櫛を眺めて、それから頷いた。


「では、有難く。その、昨夜は助かりました。櫛も含めて礼を言います。ありがとうございました」


 陽はそう呟いて頭を下げて、立ち去って行った。


「良かったのですか、雫。あの櫛、貴方が買ったものでしょう」

「まあ良かろう……これも縁。ご機嫌取りはまたにでも、な」

「浅はかな事を考えていたようですね」

「む。……お見通しかのう」

「ええ。私はその心遣いだけ頂くとしましょう」

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