3 平穏が故の不穏

 3 平穏が故の不穏


 窓より月光差す夜半、天手で傅く貴条に、才条は言った。


「商品が攫われた、とか……聞き及んだが、真か」


 とうとう才条の耳に入ったらしい―覚悟の上と、貴条は応えた。


「はい。申し開きもございません。この件、全て我が失態。責は私が負いましょう」

「責と言うか。で、賊の目星は」

「は。手掛かり一つございません」


 さらりと貴条は嘘をつく。責を受ける気はあろうとも、正直に話す気はないのだ。才条が判を下すならいざ知らず、今や杏奈の操り人形―。


「神那でしょう?」


 不意に杏奈がそう声を上げ、貴条は杏奈を睨みつけた。


「神那、とは?」


 ぼうと首を傾げる才条に、口元を抑え杏奈は言った。


「熊屋の娘です、才条様」

「ああ、熊狩の娘か。その者が盗んだと」

「ええ。あの娘の手の者が」


 杏奈はそう断言する―どんな手を使ったかしれないが、どうにも事実を知っている様子。


 杏奈の言葉を聞いて、才条は貴条へと言った。


「では、貴条。すぐにでも奪い返せ。やすやすと盗まれ、その上静観しているなどと知れれば、商売もやりづらくなる」


 それは確かに、間違いではない。ここは浄土、面子も大事。だが果たして、それが才条自身の言葉かどうか……。


「しかし……」


 貴条は言葉に窮した―そこで声を上げたのは杏奈だ。


「いいえ、それには及びませんわ、才条様。見逃してあげましょう。商品も、この貴条も」


 突然、そんな事を言いだして―杏奈は笑う。


「思えば、年端もいかずに売られるなど可愛そうな事。神那はそれを正してくれたのでしょう。であればこちらも心を広くせねば。ねえ、才条様」

「ふむ。杏奈がそう言うのであれば」

「流石、才条様。お優しい。では、貴条。貴方への責もまた、後に。もう行って良いわ」


 そして杏奈は、用は済んだとばかりにひらりひらりと手を振った。

 貴条は才条に頭を下げ、その座に背を向けた。


 *


 天手を後に、下りる中途で、陽が物憂げに俯いていた。と、貴条に気が付いた途端、陽は歩み寄り尋ねてくる。


「貴条様。話の方は?」


 盗まれた直後に呼ばれたのだ―事情を知るものとして、陽も気になっていたのだろう。


「見逃せと言われた」


 端的に、貴条はそう言った。すると陽はほっと胸を撫でおろす。


「それは良かった……」


 確かに、咎めが無いのは良かったのかもしれない。だが、本当に何の咎めも無いとは貴条には思えなかった。


「今は、な」


 そもそも、杏奈は神那が関わっていると知っていたのだ。盗まれた後に聞き及んだか、あるいは事の初めから知っていたのか。しかも、責を追わせぬと言う。あからさまにおかしい。

 どう考えても、何かを企んでいる。だが、一体、その思惑が何か……。


「何を企んでいる……」


 貴条には読み切れない。杏奈が何を考えているか、どこまで考えているのかが……。



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