幕間 其の一

 幕間 其の一


 そこら中に、躯が転がっている。たった今まで睨み合っていた敵のもの―あるいは、ついさっきには語り合い笑いあった友人のもの―どれも知った顔の躯だ。


 ―九織くおり殿。貴方がいれば、我らに負けはありませぬ。


 濃い血の匂いがする―まるで血そのものが身体に巻きついているような匂いが。


 身体が―太刀が重い。血にまみれたその太刀が酷く重く、身体が軋むようだ。


 ぴしゃり、と血を踏む音がした―自身の足音か。否―それは、敵の足音。


「この躯……お前がこさえたものか」


 目の前に敵が立っていた。血しぶきのない上等な着物を来る武者―その顔は知らない。知らない顔―だから敵だ。


「そちらが先に仕掛けたのだろう。……皆、殺された。だから殺してやった」

「そちらの倍はいたはずだが……」


 敵はそう呟いた―確かに、敵の方が遥かに多かった。夜襲、準備のないままに多勢に攻め込まれ、味方は皆切られ―だから、九織は切り返したのだ。


 無心に、動く敵がいなくなるまで―。


「全て切った―お前も、俺が切ろう」


 九織はそう呟いた―そして敵へと切り掛る。


 直後―何が起こったか。敵が太刀を抜いたことはわかった。だが、九織にわかったのはそれだけ。気付くと九織は傷を負い―地に崩れていた。


「妖刀……」


 九織は呟く。


 敵の抜いた太刀―見た目だけならそれはただの太刀。しかし死線を超えた直後のその目には、太刀から立ち上る気とも呼べる悪寒が見て取れた。


「ご明察。名のある武者と見える……故にこそ、人で無い力の前に果てろ」


 敵はそう言って、太刀を振り上げる。崩れ落ちた九織へととどめを刺そうと。


 振り下ろされる―その瞬間、足元に転がっていた躯が不意に動いた。

 躯の振りをしていたか―違う。最後に死力を振り絞り、躯は九織の前に立ち―敵の太刀から九織の身を守ったのだ。


「九織殿……お逃げを。貴方と、覇者の太刀あらば……妖刀であろうと、」


 九織はその言葉に頷き、背を向け駆け出していく。

 背後で裂ぱくの気合が―決死の声が上がり―静寂に落ちる様を聞きながら。





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