第14話

午後の強い日差しが肌を焼く、細切れの雲では日差しを隠すのに事足りない。

暑くもなく寒くもないちょうど良い気温の中にいても日光を直に浴びながら動き回るのはやはり辛い。

そんな私に反して前を歩く助手はまるで気温の影響を受けていない様に涼やかだ。

長袖の純白のシャツに長いスカート、見るからに暑そう。

私はとっくの前に熱気に白旗を上げ袖を捲り上げている、でもそれでも辛い。

というのに助手はおかしいくらい汗ひとつない。


「あなた暑くないの?」


「問題無い」


本人がそう言うならそうなんだろう。

暑さに強い体質なんだ、私はどちらも強くない、暑くなれば太陽が疎ましくなり寒くなれば恋しくなる。そんな私から見たら少し羨ましい。

羨望とちょっとばかりの嫉妬の視線を助手の背中に送るも気付く素振りも見せなかった。







「もう帰れ」


日が暮れ始めた時、突然私はそう言われた。


「今日はもう終わりにするの?」


「いや、私はこのまま続ける」


「なら私だってまだ手伝うわよ」


「駄目だ、アリアは帰れ」


「何でよ? 一人より二人で探した方が見つかる確率は高いでしょ、足が限界を迎えるまでは手伝うって」


正直ほとんど限界に近かったけど強がってみた。


「あとは私一人で十分だ、アリアがいなくても問題はない」


それは助手にとっては何気なく発した言葉なのかもしれない、でも何事も悲観的に捉えてしまう私の癖は未だ治っておらずその言葉にだって勝手に穿った修正が加えられて私に届く。


「何それ、もしかして私は役に立たないからさっさと帰れって言いたいの?」


そんな質問を投げかけても助手の表情は変わらない。

そこから次に出される言葉が拒絶だったら・・・・そう考えたら答えを聞くのも怖い。

だから助手が何かを口にしようとしたその瞬間に、


「分かった、じゃあ私帰る」


答えを聞く前にその場を立ち去った。


家への帰り道、自身の情けなさに辟易していた。

どうして答えも聞かずに逃げちゃったんだろう、これじゃずっとモヤモヤしたままだ。

嫌なことを引き延ばしただけの愚かな行いに後悔の念が襲ってくる。

そんな暗い心を引き下げて家に帰り着いた。



いの一番に浴室に向かって汗で張り付いて気持ちの悪い服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。

延々と流れ続けるシャワーのお湯を顔に受け自然と目を閉じ瞑想にふける。

ポタポタと流れ落ちていく水が立てる音は雨音みたいで聞いていて落ち着く、同じ調子の音がひたすらに繰り返されるのは川のせせらぎを彷彿とさせるから。

リラックスした頭で考えた、自分の何が悪かったのか。

頭をひねってひねって考えた。


「・・・・・・・・ダメだ分かんない」


行き着く結論はそれだ。

そんなにうるさくしたつもりもないし困らせる様なこともしていないはず。

むしろその逆だ、私の方が困らされた。

助手は人の家の敷地に無断で入っていくし、人に話を聞くときはいつものように『話せ』『教えろ』の命令口調でその度に私がフォローした。

役立たずなんて言われる筋合い無いはず。

だいたい助手は無口すぎる。何かあるならその場で言えばいいのに。


「・・・・あーもう、何なのよ!!」


考えれば考えるほど分からなくなる。

浴室から出て髪を乾かし晩御飯の用意をする、その間もずっと理由を考えてしまう。

これが私のダメなところだ、いつまでも引きずってしまう。

この性格は直さなければならない、過去は引きずってもどうにもならないんだから。


「切り替えよう!」


そう自分に呟いて明日聞けばいい事と割り切った。

そうして出来上がった料理を口に入れる。


「・・・・失敗だ」


余計な事を考えていたせいだろう。






失敗作を平らげ特にやることもなくくつろいでいる時誰かの訪問を知らせるベルの音が響いた。

普段ただでさえ人が来ることはないのにこんな時間に突然鳴ったベルの音に一瞬身を震わせながらも玄関へと向かって誰が来たのか警戒しながら確認してみるとそれはレアリスだった。


「どうしたんですか?」


「突然すまないな、ここにあいつは来てないか?」


レアリスの言うあいつとは助手のことだ。何でそんな事を聞いてくるのかと訝しみながらも答える。


「いえ、うちには来てませんけど。どうかしたんですか?」


それを聞いたレアリスは途端厳しい顔になる。

そして大きなため息を吐いてから理由を説明してくれた。


「あいつが戻ってきてないんだ。全く何処をほっつき歩いているのやら・・・」


やれやれと微かに首を振るレアリスの様子は焦っているようには見えない、それに比べ私の心は穏やかではいられなかった。

こんな時間まで戻らないなんて何らかの問題に巻き込まれている可能性もあるからだ。


「だったらすぐに探さないと! 危険なことに巻き込まれてるかも!?」


必死で訴える私を見てレアリスは一瞬驚いたように目を見開いてから笑っていた。


「はっはっは、心配してるのか。あいつにもそんな相手ができたのか、だがその心配は不要だよ、あいつはあの見た目に反して腕が立つ、それ故にあいつは常に問題を起こす側だ。小さな問題事が降りかかればそれを飲み込んで大きな厄介事に変える、あいつに絡んで余計な事をしようとする輩がいればそいつは自身の軽率な行動を嘆くことになるだろうな。だからこそ私が心配しているのはやり過ぎないかということだ、あいつの身の安全じゃ無い。お前もこちらのことは気にせず勉強して良い子は早く寝ることだ」


レアリスはそれだけ言い残して帰っていった。


私も助手のそんな一面を知っている。

一本のナイフで銃を持つ相手数人を圧倒するほどの非常識さを持っていることを。

だからきっと大丈夫、心配なんて必要無い。

本当にそれでいいのだろうか?

心配って必要かそうじゃ無いかでするしないを決めるものじゃ無い気がする、相手を思う気持ちがある以上勝手にしてしまうものだと思う。

レアリスだって気に掛けていないと口では言っていたがこうして探しにきているところを見ると少しは気にしているんだろう。

それに私もやっぱり心配だ。

偶然や奇跡は善悪関係なく与えられる、もしそれが悪い人に都合よく働けばあの助手でももしかしたらがあるかもしれない。

そう思ったらいてもたってもいられず家を飛び出した。


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