第13話
便利屋事務所の朝はいつも通りに始まる。
少女が朝食の支度をする。
まだまだ見習いだが助手として何とかやっている。
助手と呼ばれる事にも違和感は無い。
最近の助手は料理を勉強していてその成果が今日の朝食にも現れている。いつもトーストにコーヒーだけの寂しいものだったのに最近はそこに目玉焼きが加えられた。
料理の腕はまだまだだが良い先生の教えのもとこれからもっと上達していくだろう。
三人分の朝食を用意して机に運び食べ始める。
誰もが無言のまま食べる、そんな静寂を破ったのはレアリス。
「それで、今日は学院に行くのか?」
その目が捉えているのは助手ではなくいつのまにかこの空間に溶け込むようになった人物。
「それは・・・まだ、ちょっと・・・・」
そこで罪悪感に押しつぶされるように言葉が詰まって黙り込む。
周りの子はみんな学院で勉強しているのに自分は行けない、それはその人物にとって大きな罪悪感となっていた。
確かにいつまでも背を向けていられる問題じゃない。
それが分かっていながらもレアリスはあえて焦らせるようなことは言わなかった。
「そうか、なら今日も手伝っていけ、なんなら明日も明後日も手伝ってくれて構わん。労働に見合った対価として飯ぐらいは奢ってやる」
攻めるどころか嬉々として歓迎している。
「・・・・ありがとう」
「だがな勉強だけはしっかりしておけよ、それと早く食べ終わらないとそいつに皿を奪われるぞ。さっきから獲物を狙う目でお前を見つめてるからな」
それだけ言い残して一階に降りていく。
「安心しろ、お前がいくら食べるのが遅いからといって栄養補給の邪魔はしない。ゆっくり食べろ」
「そうまじまじ見られたらゆっくりなんて出来ないんだけど・・・・というか、いい加減お前って呼ぶのはやめない、私の名前知ってるでしょ、名前で呼んでよ」
「そうか分かった。なら、ゆっくり食べろアリア」
アリアはあれ以来時々この事務所に顔を見せるようになった。
生きると決意した彼女だがいきなりなにもかも元どおりというわけにもいかない。
長い間休んでいた学院にはどうしても行きづらさを感じてしまっている。
おまけに手首に作ってしまった傷もある、行こう行こうと思ってもなかなか足が動かなかった。
しかし家にこもってるだけでも駄目だと思い立ち向かったのはこの場所。
ここで助手の仕事を手伝っている。
♢
私は助手の視線に耐えかねて急いで朝食を平らげて一緒に洗い物を済まし階段を降りて行く。
女性の姿はすでに無い、すでにどこかに出かけてしまっている。
レアリスはいつも唐突に何も告げずにふらっと出て行く。
多分仕事なんだろうが一言ぐらい何か言ってからでもいいんじゃ無いだろうか? なんて思う。
けど、レアリスと助手はこの関係性で成り立っている。
近すぎず遠すぎずの関係。
それがどこかぎこちなく感じるのは私の気のせいだろうか。
「アリア、仕事だ」
私が余計な考えに浸っている間に助手は事務所の中央、ソファーの前に置かれている長机の前まで移動していつの間にやら手にしていたメモ用紙を私に差し出すとそのまま外に出て行った。
「ちょっと待って!」
自分で渡してきたものに目を通す時間すらくれない、相変わらずの自由っぷりだ。でも仕方ないであっさり許せてしまう、例えるなら人が猫に抱くような感情に似ている。見た目は可愛いけど誰にも懐かない猫。冷たくされたからといって怒りはしない。
受け取ったメモ用紙を手にしたまま慌てて後を追う。
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「事務所に人がいないけど良いの?」
「問題ない、そう頻繁に人が来る場所でも無い。それに要件があれば書き残して行く」
朝方の街の中を助手の後について歩く。
ちょうど人が多く動く時間、仕事に行くであろう人とすれ違う。当然学生とも。
同じ学院の子とすれ違うたび私は助手の後ろに隠れてやり過ごす。
幸い私が通うのは大きな学院、多くの人がいてその中の一人に過ぎない私の存在なんて稀薄だ。
だから誰にも気付かれていないと思う。
メモ用紙の中身を確認しながら歩いていると助手の声が聞こえてくる。
「対象の名前はコレット、二日前の朝から突然家から姿を消したらしく現在も行方不明。何か事件に巻き込まれた可能性もある。なんにせよ生死は不明、だが私達の仕事は見つけて依頼者の元まで送り届けることだ生きていようが死んでいようが関係ない」
「確かにそうだけど、その言い方はちょっと冷たいというか大袈裟に言い過ぎじゃない? これって多分ただの迷子じゃないの。大きい音にでも驚いて慌てて家を飛び出しちゃったけどそのまま帰り道が分からなくなっちゃった、そんなところじゃない。この子は普段家から出ないって書いてるし」
「その可能性もある、どちらにせよ私達に出来ることは見つける事だけだ」
「で、どうやって探すの?」
「歩いて探す」
こうして私達の迷子の猫探しが幕を開けた。
♢
意気揚々と探しに出たは良いが。
「分かってたことだけど簡単には見つからないか・・・・」
結局なんの成果も得られないままお昼を迎える。
目撃者もいないので無闇に歩き回るしか出来ない、さすがにこれでは厳しいと思う。
赤い首輪をつけた黒猫。
首輪がついてるしここら辺に野良猫なんてそんなにいないから見れば記憶に残りそうだけど見たという人は見つからない。
まだ探し始めたばかりそんなすぐ見つかるはずないか、気長にやっていこう。
でもまずは、
「そろそろお昼にしない? どうせあてもないんだし」
「ああ分かった」
すぐに私の提案を受け入れてくれた。
適当に店を選んで買って近くのベンチにでも腰掛けて食べる。
黙々と食べる助手との食事は沈黙しかなかったけど慣れてしまえば心地の悪さは感じない。
でもたまには話をしたくもなる。
「どこにいるんだろうね?」
「さあな」
「あなたならどこに行く?」
猫のことは猫に聞いてみる、それが一番手っ取り早い。とはいえ私に動物と話せるような能力はないので猫に似た彼女に聞いてみる、似た者同士何か通ずるものがあるかもしれない。
「私か? 私は自分の居場所を捨ててから潜んだのは汚い路地裏だ。そういう所は街中にありながら街から切り離されている、まともな人間は近寄らない、だからこそ人目につきにくく身を隠すならうってつけだ。そんな場所を何箇所か見つけ転々として過ごした」
「・・・それって実体験?」
「ああ」
軽い気持ちで聞いたことに重い答えが返ってきた。
本当にこの子は昔一体どんな生活を送っていたのか想像すらできない。
聞けば答えてくれるのかもしれない、でも今それを聞いてしまえば普通に付き合えなくなるような気がして怖い。同情みたいな感情が邪魔をして正面から向き合えなくなるような気がする。それに過去はどうすることもできない、何も出来ないのに聞くのはただの興味本位と変わらない。
だから聞かない。
私は今のこの子と友達になりたいと思っているから。
まあ、向こうはそんなこと思ってもないんだろうけど。
「そっか」と重い空気を振り払うように立ち上がり「そろそろ再開しない?」と自然な笑みを向ける。
助手はアイデンティティとも言える無表情をその顔に「そうだな」と立ち上がり歩き始める。
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