第10話
今日もアリアは夜中に目を覚ました。
シンとした真っ暗な部屋、カーテンからは僅かな光も漏れてこない。
今日はちゃんと深夜に目が覚めたようだ。
多くの人が活動を止めて眠りに落ちている時間、窓から外を眺めてみても嫌なものは見えないしこちらを見てくる人間も誰もいない。
生き物の活動が感じられないこの時間が一番好きだ。
死後の世界があるのだとしたらこんな世界がいい、いや、それよりもここがすでに死後の世界だったらどれほど良いだろう。
眠っている間にいつのまにか死んでいた。
痛みも恐怖も感じる事なく命だけが消えている、それはとても理想的だ。私のような臆病者にとっては。
しかし現実はそんなに甘くない、今私がこうして存在しているのは天国でも地獄でもなくその中間、私からすれば何も無い虚無に近い場所、何も考えないようにして、ただ死だけを願って時間を浪費する。
こんなの無価値だ。
アリアは今日も日課としている自殺の模倣を行う為に一階へと降りて行く。
そのままそれを行おうとしたが手が止まった。
自分が空腹だと気付いてしまったのだ。
死ぬ為の手段として餓死という方法も思いついたが結局挫折した。
食欲というのは案外強力で限界を迎えそうになるとどうしても食べ物を欲してしまう。この家には食料の備蓄はそれなりにある、目に見える場所にあればつい手が出てしまう。
その度に自己嫌悪に陥って辛かったのでやめた。
といってもほとんど動いてもいないし食欲も普段はほとんどないので一日、二日は食べずにいることが多くある。
今日は久しぶりにお腹が減っている。
冷蔵庫に何かあったかと開くとまたしてもメモ書きとともにサンドウィッチが置かれている。
昨日と比べるととても美味しそうに出来ている。
メモに目を通すと『店で買ったものだ食べろ』という命令口調のメッセージ。
今朝あんなことを言ったから作るのはやめて買ってきたのだろうか。
でもやっぱり余計なお世話だ、明確な拒絶の意を示すためそれには手をつけず他を探し適当にお腹に入れる。
そしてまた手首に一つ傷を重ねる。
少女は今日もアリアの家を訪れる。
掃除はあらかた終わった、しかし今日は新たな仕事をレアリスから言い渡された。
慣れた手つきで昨日と同じく玄関の鍵を勝手に開けて中に入って行く。
何食わぬ顔で入ってくる少女を見てもアリアは驚きもしない。また来たんだとチラリと少女を見てすぐに背を向け自分の部屋に戻る。
その後をぴったり少女が付いて来る。
「何?」
足を止めて不機嫌さを露わにアリアは聞く。
「部屋に戻るんだろ、私も付いて行く」
「掃除は?」
「今日はしない」
「じゃあ何しに来たの?」
「お前と話しに来た」
アリアはギリっと歯を噛み締め眉間に深いシワを刻む。
どうしてこんなに私に嫌がらせをして来るんだろう、私は放っておいて欲しいだけなのに・・・。
無言のまま走り出し急いで部屋に入って鍵を閉める。
しかしこんな行為に意味なんてなかった。
その子は簡単に鍵を開けて入ってくる。その子の前では鍵は鍵として機能しない、進行を妨げるちょっとした障害物、手で簡単に押しのけられる程度の物。
「出てって」
布団にくるまり言葉で追い出そうと試みる。
力尽くではきっと勝ち目はない、私にできる唯一の抵抗は言葉による抵抗だけだった。
しかしその唯一の抵抗も全く意味を成さない。
「それは出来ない」
あっさり一蹴される。
「じゃあ勝手にしなさいよ! でも私には関わらないで!」
吐き捨てるようにそう言うと今度は強引に布団を剥ぎ取ってきて、
「それも出来ない」
感情なんてこもっていない単調な声、この子はまるで心が無いように思える。
人の気持ちが理解できないの? これだけ拒絶しているのにしつこく付きまとって。
苛立ちだけが募っていく。
「今すぐ私の前から消えて」
必死に苛立ちを抑えて絞り出すように声を出して頼んだ。
それでも返ってくる答えは、
「出来ない」
私は立ち上がりその子の頬を叩いてしまった。
感情に任せた行動、やってから後悔する。
その子は顔色一つ変えないが白い肌が仄かに赤く変わり自分がした事を思い知らされる。
最低だ。
でもこれで、
「すまない、私は何か悪いことをしてしまったか?」
その子は謝ってきた。
私が質問してこの子が最小限の言葉で返す、そんなやりとりしかできないと思っていたから驚いた。
驚いて何も言葉が出なかった私の代わりをその子が務める。
「以前悪い事をしたからと頬を叩かれた。だから今回も私が悪い事をしたから叩かれたんだろう」
そこで理解した。この子は何も分かっていないんだ、相手の気持ちも、自分の行動が相手にどんな感情を与えるかも。まるで残酷なほど正直な子供のように自分の思いに従って行動する。
本当に悪気はなかったんだろうな。
そう思うとやっぱり自分の方に非があるように感じた。
「いえ、今のは私が悪い。いくら腹が立ったからって人に手をあげるなんて・・・・間違ってた。だから私の頬も叩いていいよ、それでおあいこ」
罪悪感を晴らすため目を閉じて自分の頬を差し出す。
「いや、構わない。お前が私を叩いて気分が落ち着いたならそれでいい、また叩きたくなったらいつでもそうしろ、痛みには慣れている」
やっぱりこの子は変わっている。
「そう」と呟きベットの上に座り込む。とても気まずい。話しに来たと言っていたけど何を話しに来たのか見当もつかない。
当の本人は鞄に手を突っ込み何かを探っている。
もういっそこのまま寝てしまおうかとも思ったがその子は何かを取り出した。
そしてそれを差し出して、
「まずは朝食だ、食べろ」
どこかで買って来たであろう食べ物を私の鼻先に突きつける。
食欲なんてないけれど断ったところできっと無理矢理食べさせられる気がしたので受け取って食べた。
私が食べるには少し多過ぎたがなんとか食べきった。
それを確認するとその子は私の隣に座り「さあ話せ」と私に話を強要する。
困ったと頭を悩ませる私を無邪気で綺麗な目が見つめる。
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