第9話

昼時、いつものように昼食に戻ってきた少女。

手にはどこかで買ってきたパンの包みが二人分握られている。

これがレアリスと少女の昼食。


「戻った」と少女が言うと「ああ」と女性が返す。なんとも素っ気ない挨拶を交わして少女は買ってきたパンを女性に手渡す。

女性はいつも昼食は仕事場で軽く食べるだけで終わる。

なので少女も同じように仕事場のソファーに腰掛けて食べる。


「今日はどうだ?」


唐突にレアリスは切り出した。

それが何を意味するのかは聞かなくても少女は分かる。仕事の進捗具合を聞いているのだと。


「鍵を開けようとしなかったので勝手に開けて入り仕事をこなし家の中は終了、あとは庭だけだ、今日中には終わる」


少女は朝からの出来事を淡々と説明する。

勝手に入ったと聞いてもレアリスは眉一つ動かさない。この少女ならそうするだろうと予測していたしそうするからこそ行かせた。


「アリアの様子はどうだった?」


重たげな口調で少女に聞いた。

実のところレアリスが一番知りたい情報はこれだった、だからこそ下手な嘘をついてまで少女に行かせた。

依頼した本人が家の入れないなんて普通あり得ない、しかし少女はそこに疑問は抱かなかった。

思惑通りいったと思いつつも少女にはもう少し考える頭を持たせなければとも懸念を抱く。


「顔色が良くない、ロクに飯も食べていないんだろうあのままではいずれ健康を害する。だがそれも生きてればの話だ、あいつは死のうとしている」


少女は昼食片手に冷静に事実を告げる。

遠慮も悲哀も含まれていない抑揚のない声で。

「そうか」と短く呟いて女性は黙る。


レアリスとアリアの関係は大したものじゃない。

アリアの両親と面識があり家を訪れたとき話したことがある程度。

その時受けた印象は快活な女の子というものだ、学院にも友達は多くいるようで楽しげに語りかけてくる。

そして両親との仲も非常によく一緒にいるところを何度も見かける。

数ヶ月前まではそんな女の子だった。

しかしそれも両親の死で一変した。

運の悪いとしか言いようのない事件に出かけ先で巻き込まれて両親は身体に銃弾を数発打ち込まれて息絶えた、この事件は他にも多数の死者を出し奇跡的に生き残ったのはアリアだけだった。。アリアもそのことに関して何も語ろうとしないので詳細は知らないがその現場には多数の一般人の遺体の他に犯人の遺体もあった。

首を綺麗に裂かれた犯人らしき人物の遺体が三つ。

そちらはおそらく少女の仕業だ、ちょうどその時期少女が狩りをしていたのは調べがついている。

それに現場から凄まじい速さで立ち去る小さな影も目撃されている。


とにかく酷い現場だったらしい。

血が飛び散り、死の匂いが辺りを漂う。

その悲惨さを視覚と嗅覚両方に訴えかけてくる。

そんな場所でただ一人生き残ったアリアの姿はある人が見れば地獄に映える一輪の花、またある人が見れば奇跡的に生き残った幸運な女の子。

そんなものは周りが勝手に抱いた幻想に過ぎない。

当人からしてみれば周りと同じように死んだのと変わらない地獄を味わっているのだから。

目の前で多くの死を目撃しその中に両親まで含まれていては当然だ。

16歳の子供が受け入れるには大きすぎた。


アリアはそれ以来人と関わろうとしなくなった、誰が来たって相手にせず、頼れる身内もいない。

瞬く間に自身を孤独に追いやった。

しかし少女はやり方は褒められたものではないが無理矢理その孤独を破壊した。

この先どうなるのかもう少し女性は見守ることにした。



「金をくれ」


昼食を食べ終えた少女は突然女性に金を要求した。

何事かと目を丸くする女性に向かって続いては催促するように手を差し出す。


「何故金が必要なんだ訳を言え」


「あいつに飯を買って行く」


あいつというのはアリアのことを指しているんだろう。しかしそこまでの指示はしていない、何故いきなりこんなことを言い出したのか疑問に思う。


「何故お前がそんな事を?」


「決まっている、あいつが依頼者だからだ。あいつが死んだら稼ぎがなくなる、そうなれば任務失敗だ。受けた任務は確実にこなす、失敗するつもりはない」


真っ直ぐこちらを見据えて少女は言った。

それ以外何か理由があるかとでも言いたげな顔だ。

ドがつくほどの真面目な回答、その生真面目さと確実性は少女の過去を遡ると決して良い方向には働かなかった。

少女が怠惰であれば被害も少なかっただろう、融通の利かない真面目さは毎日のように正しい事をするように少女を突き動かし悪人を欲させた。

少女はさらに言葉を紡ぐ。


「あいつは自分で自分を殺す覚悟が出来ていない。それなのにあの様子では覚悟が決まる前に病気か何かで死んでしまう可能性がある、それを防ぐためにちゃんとしたものを食べさせる。自らの手で自分を殺す決意ができたのならそれを私が止める権利は無い仕方ないと諦める、だがそうじゃないなら私の依頼者でいる間は生きていてもらう」


自殺は止めはしないがそれ以外の死は許さないということか、自殺こそ止めるべきと思うが自身もそれを行なった身だ、死を選ぶ人間の心が分かるのか。

だがアリアと少女とでは決定的に違う。

かたや苦しみから逃れるため仕方なく死を選び、もう一方は自分に生きる価値はないと死を選ぶ。

前者は心の奥底では死にたくないと叫んでいるがどうしようもない心の苦痛が感覚を麻痺させて本心を覆ってしまう、結果死ぬ方が楽だと誤解する。しかし後者は死にたいから死ぬ。

少女はその違いにも気付いていないんだろう。


女性がお金を手渡すと少女はすぐに出て行った。

少女の消えた扉に向かって「礼を忘れているぞ」と独り言を呟いて、まあいいかと一人納得する。

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