第6話
ある朝、いつも通り少女がトーストとコーヒーの用意を終えレアリスと二人テーブルで向き合う。
毎日変わらないメニュー、でも少女はこれが好きだった。
いろいろ試してコーヒーには角砂糖が二つ、トーストには何もつけない、これが少女のお気に入り。
以前のように数分で皿を空にするなんてことはしなくなったがそれでも十分早い、食べ終わり自分の使った食器を洗いのんびり食べるレアリスの前に立ち見つめてくる。
毎度のことながら見下ろしてくるその視線はまるで早く食べろと言っているように感じてどうにも落ち着かない。
食器くらい自分で片付けると言っても少女は「それは私の任務だ、私がやる」の一点張り。
結局無言の圧力に負けてレアリスは急いで平らげる。
少女は食器を下げてせっせと洗い物を済ますと掃除に向かう。
レアリスの住む家は二階建ての一軒家、そう大きくもなくどちらかといえば小さい方、少女一人でも十分手の行き届く広さ。
一階は主に仕事場なので寝食は二階、しかし彼女にとってはあまり関係なく仕事場のソファーで朝を迎えることが度々ある。
少女は初めそれを見た時不思議に思った、自分の部屋がすぐそこにあるのになぜこんな所で眠るのかと。だが何も口には出さない、たとえ出来上がった朝食をわざわざ二階から一階に運ぶことになったとしても文句は言わない。
今日レアリスが目を覚ましたのは二階だったので少女に余計な手間がかかることはなかった。
慣れた手つきで箒を扱い床を掃く、少女の得物は今やこの掃除道具に成り代わった。
雑用はもう完全に心得た少女は有能なメイドの如く手際よく掃除をこなす、一つ一つの所作に無駄がない。
言葉遣いは全く変わらないがレアリスと出会った頃の近づくものを拒絶するような刺々しさも完全にではないが大分削がれてきた。そろそろいい具合なのかもしれない、彼女は少女に新たな仕事を言い渡すことにした。
「どうだ、簡単な仕事だろう?」
レアリスから仕事の説明を受けた少女は口元に手をやり考える。
まるで難問を解き明かさんとする学者のように考え込む、だが少女が考えているのは仕事を受ける受けないの問題じゃない、少女の頭を今渦巻いているのはどうすればその仕事を完璧にこなせるか、女性が掲示した仕事の内容はそれほど難しいものじゃなく深く考えるようなものでは決してない。
しかし少女は慎重だ、僅かなミスが死につながる環境で生きてきたのだから。
「その依頼人と依頼人の家について情報をくれ」
少女の質問にレアリスは目を丸くする。なぜそんなことを聞いてくるのか理解できなかったからだ。
「依頼人の名はアリア・レイシアという女性、家についての情報は無い、そんなものいちいち聞くか」
女性の答えに少女は「そうか」と軽く呟き部屋を後にしようとする。
「待て、どこに行くつもりだ?」
「偵察だ」
「はぁ?」
あまりに予想外の答えに彼女の口からは気の抜けた声が出る、そんな反応にも少女は動じることはない、自分が間違ったことを言っている自覚が微塵も無いのだから。
「よく知らない場所で行動するなら予めある程度の情報があった方がいいに決まっている、それは任務の成功率にも大きく影響してくる、安心しろ悟られるようなことはしない」
「お前私の話を聞いていたか?」
「ああ」
「じゃあ言ってみろ、私がお前に説明した仕事はなんだ?」
「依頼人の家の清掃等雑用だろ」
「そうだ、それで偵察が必要だと思うか?」
「ああ–––」
「––––不要だ、余計なことはせずとっとと依頼者の元を訪ねてこい」
少女の言葉をかき消すように間髪入れず言葉を放つとしっしと追い払うような仕草の後にこれ以上無駄な問答はするつもりはないというように手許の書類に目を通し始めた。
さすがに少女も諦めて大人しく向かうことにした。
そんな少女の背中にレアリスは声をかける。
「せいぜい頭を悩ませてこい、それもいい経験だ」
含みのある言い方で彼女は少女を送り出した。
訪れたのは何の変哲も無い普通の家、レンガの敷き詰められた道が玄関まで続き庭があり花壇もある。
しかしどれも手入れが行き届いていない、レンガ敷きの道は泥がこびりつき、庭では雑草が好き放題生え。それは本来花があるべき花壇まで侵食し一面を緑で覆っている。
その周りと馴染まない光景はここだけを日常から切り離された別世界へと変えているようだった。
しかし少女にとっては取るに足らない問題、ずんずん突き進み玄関のチャイムを鳴らす。
応答が無い。
もう一度鳴らす。
それでも応答が無い。
もう一度鳴らす。
やっぱり応答が無い。
普通の人ならばここで出直すだろう。だが少女は違う、一定の間隔をおいてひたすら鳴らし続ける。
いつまでも、いつまでも、いつまでも。
家の中に誰かいるとしたらこれほど不愉快で恐ろしいことはないだろう。
数十回にも及ぶ繰り返しの後、住人は我慢の限界を迎えたのか罵声と共に玄関の扉を開いた。
「いい加減にして!」
顔を紅潮させ怒りをあらわにした視線を少女に向ける。
叫ぶように言い放った言葉にさほど怖さは感じられない、言った張本人からすれば本気の怒りをぶつけたつもりだろうがその容姿が住人の怒気を緩和する。
中から出てきたのは女の子だった。
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