第5話
女性の元に来てしばらく少女の仕事は家事全般だった。
朝起きて朝食の用意、それから掃除をして買い物、洗濯、時たまやってくる客に飲み物を出したりとやってることはメイドのような事。
かといって服装は変わらず白のシャツに黒のロングスカート、メイド服のような可愛らしい格好はしない。
それでも少女は人の目を引く。
買い物に出かけた少女とすれ違った者、男女問わずそのほとんどが振り返る。
緋色の瞳が物珍しかったから、それもあるかもしれないがそれはおそらく少数。
その多くは少女の容姿に目を奪われた、離そうとしても自然と目が追ってしまう。
そんな少女に下心を抱いた男性が数名話しかけるも結果は皆同じ、相手にされなかった。
少女はただ前だけを見据えて話しかけてくる人間の存在など気付いていないように目的地に向かう。
少女に話しかけようなんて思う者は皆自尊心が強いものばかり、中にはその態度に怒り乱暴に少女の肩を掴み無理矢理引き止めようとした男もいたが手が肩に触れた瞬間腕を捻りあげられ足払いでいとも容易く地面に倒された。
少女はその男を罵るでも注意するでもなく、目すら合わさず去っていく。少女にとってその男は肩についた虫と同様邪魔だったから払いのけただけの事、わざわざ構うほどじゃない。
数回そんな事があって今では声をかけようなんて猛者はいなくなったがこの街で女性は仕事柄顔も広い、その出来事が女性の耳に入るまでそう時間は掛からなかった。
「聞くところによれば言い寄る男に対して随分派手に暴れたようじゃないか?」
少女は何のことだ? とでも言いたげな顔で目をパチクリさせる。
「買い物に出て誰かに話しかけられなかったか?」
「お前とよく行く本屋の店主に声をかけられた事があったがお前に言われた通り頭を下げてからその場を去った、それと毎回買い物の際商品の代金を請求された、後は知らない男が数回声をかけて来た」
「それだよ、それ。その男達に対して暴れたんだろう?」
「暴れたわけじゃない、任務の邪魔をされたので制圧しただけだ」
「何をされたんだ?」
「耳元で口うるさく喋っていた。私は特に用がなかったので無視していたら肩を掴み任務の遂行を妨げたので敵として制圧しただけだ」
女性は眉をひそめる。
気にかかったのは少女の事ではない、相手の男のことだ。
制圧しただけと軽々しく言うがこの少女がその気になれば人一人素手でも容易く殺せるだろう、騒ぎになっていないことを考えれば殺してはいないだろうがやりすぎてはいないだろうか?
そんな女性の心配を読み取ったかのように少女が答える。
「安心しろ、怪我はしていない。少し痛い目に合わせただけだ」
「そうか怪我をさせないくらいの配慮は覚えたか、だが––––」
女性は少女の頭を軽く叩く。
少女にはその理由がつかめずにいる。
「痛い目に合わせるのも駄目だ、肩を掴まれたくらいだろう。そういう
「これか?」
「ああ、まさにそれだ」
少女は笑顔を作ってみせる、相変わらずの不気味さを内包している。幼い子供なら泣いて逃げてしまいそうなほどだ。
しかし少女自身はそれに気付いていない。これでなぜ離れて行くのか分からない。
銃やナイフのような殺傷能力も無い、明確な殺意を向けているわけでも無い、相手が立ち去るような要素は皆無。
「なぜだ? 笑顔で人は威圧できない」
「ああ、ちゃんとした笑顔は威圧の為に使うものじゃないからな。本来の役割は人間関係を良好に保つ潤滑油のようなものさ。だがお前のは違う、とにかく顔が酷い。そんなもの威圧しているのと変わらないぞ」
「そうか、私の笑顔にはそんな効力があるのか。ならば次からはこれを利用しよう」
的外れな判断を下す少女に慌てて訂正を入れる。
「お前には皮肉も通じないのか・・・いや・・・通じなかったな。すまないさっきのは冗談だ、そんな目的で使うものじゃない。決してやるなよ」
この少女に対して迂闊なことを言ってはならないと胸に誓った。
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