第4話
少女は自らの役目を果たそうと必死だった。
元々物覚えもよく教えれば大抵のことはすぐにこなせるだけの器量の良さを持っている。
だがその器量の良さが逆に仇となり多くの人殺しを可能にしたのも事実。
レアリスは複雑な気分であっちこっち動き回る少女を大きく広げた新聞に目を通す合間合間に覗き見た。
レアリスの生業は便利屋、その事務所兼自宅はお世辞にも綺麗とは言えない。書類があちらこちらに乱雑にばら撒かれその白い紙面の上に黒字その上に茶色い足跡がいくつも重なっている。何度も踏まれた書類は皺くちゃでもはやただの紙くずに成り果てている。
レアリスの机の周りには本の塔が何本も出来ていて高く適当に積まれたそれは僅かの衝撃で崩壊してしまいそうな欠陥だらけの塔。
応接間は別にありこの悲惨な有様を客に見られることはない。それがさらに拍車をかける。
片付けられないことはない、ただなかなか片付けようと思わないだけだ。
女性がそれを決意するのは注意された時、又は足の踏み場も無くなる直前。
整理整頓を心がけてももって数日、気付けば荒れている。
しかし、少女という新しい存在が加わったことにより月一回以上は必ずある1日の大半の時間を消費する大掃除も必要なくなりそうだった。
レアリスが新聞の最後のページまで読み進めた頃には床に散乱されていたゴミは袋の山へと姿を変えていた。
そして少女の次の標的にレアリスの机周辺の本の塔が選ばれる。
どれも少女の背丈を優に超えている、踏み台でも用意するかと思ったが少女は最も効率の良い方法を選んだようだ。
本の塔を躊躇うことなく破壊して床に散らばった本を拾って全く悪びれる様子もなく尋ねる。
「この本はどうする? ゴミか?」
レアリスは少女の手から本を抜き取りそれで少女の頭を叩く。
「物は大事にしろ馬鹿者、雑な扱いをして壊れたらもう二度と元に戻らないものだってあるんだ、そうなってからではなにもかも手遅れなんだぞ」
叱られた子供のようにシュンとしてしまうなんて事少女にはありえない。
それでもしかし顔には出さないが反省はしているのだろう。
「すまない」と自らの非を認めて謝罪するだけの素直さはもっている。
「分かればいい、本の類は全て適当に空いてる本棚に入れておいてくれ」
「分かった」
レアリスの指示に少女は短く返しすぐに行動に移る。
踏み台を用意し塔のてっぺんから本を回収、そしてそれを本棚に送る。
一度指摘されたことはすぐに改善する。
レアリスから見て少女は素直で真面目でどこまでも出来た子だ。
作業を終えた少女は満足感に浸ることなく次の清掃の標的を探し始める。
「そこらで一時中断としないか? そろそろお腹の方が空いた頃だろう、 遅めの朝食としようじゃないか」
時刻はもう10時になろうとしている。
早朝から少女はずっと働いている。別にレアリスが強制したわけではない。
レアリスが目を覚ましたその時にはすでに少女は起きて側にいた。何も言わずに何もせずただ立っていた。
役目を求めるような顔をしていたのでレアリスは遠慮なく掃除を言いつける。
しかし自身で言っていた通り掃除の仕方も分からないのだから誰かが教えるしかない。
懇切丁寧にということはせず口であれこれ指示するだけだったが、そんなことしている間にいつもの朝食の時間は過ぎてこんな時間に至った。
朝食はトーストにジャム、そしてコーヒーという簡単なものだ、レアリスも少女も料理はしないので手の込んだものは用意できない。
レアリスが朝食に手をつけると少女もそれを倣って食べ始める。
コーヒーは甘いのと苦いのどちらがいいと聞いても、どちらでも問題ない。
ジャムの種類はどれがいいと聞いても、どれでも問題ない。
「あのなあ、自分の好みくらい言えないのか?」
レアリスは呆れながら言った。
「食べられればそれでいい」
少女に食を楽しむなんていう概念は存在しない。味なんてどうでもいい、食べられるものであれば。
少女は用意された朝食を味わうことなく胃袋に詰め込んでいく。
別にただ焼いただけのトーストだから思うところは何も無いがもう少し味を楽しんでもいいんじゃないかという言葉が喉まで出かけて飲み込んだ。少女の皿はとっくに空になっていたからだ、急ぐ必要もないのにやたら早い。
「足りなかったか? ならば勝手に焼いて食べてもらっても構わん。機械の操作方法くらいは教えてやる」
「いや十分すぎる量だ。これなら今日はもう食料を摂取しなくても問題ない」
「そうか、食費が浮いてこっちは大助かりだと言いたいところだがそうはいかない、一日三食は食べてもらう。満足な食事も与えず働かせて死なれては元も子もない」
レアリスは朝食を終えて使った食器の洗い方を少女に教える。
その際、力の加減を誤った少女に皿を一枚破壊されたがそこは不問とした。
たかだかそんな事で怒るほど神経質でもなければ短気でもない、比較的穏やかな性格をしている。
刃物を突きつけられるなんて事が無い限り滅多に怒ることはない。
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