第3話

「ほう、いいじゃないか、よく似合っている」


姿見に映るものを見ながら女性は満足げに口を開く。手にはステンレス製のはさみが握られている。

床には艶のある金色の髪が幾重にも重なり鮮やかな絨毯が完成間近までせまっていた。

先刻女性は独り言を語ったわけではない、姿見の前でちょこんとイスに腰掛ける人物に声をかけたつもりだったのだがその人物は照れるとも喜ぶとも、はたまた謙遜することもなく無表情だけを顔に貼り付けて微動だにせず座っている。

まるで聞こえていないかのように。

女性は分かっていたことだがあまりのコミュニケーションのとり難さに頭を抱えた。


「人に褒められて無反応とはいただけないな、それでは印象は最悪だぞ」


たしなめるように椅子に座る人物に言い聞かす。

するとその人物は小首を傾げて相変わらずの無表情で鏡ごしに女性を見つめ疑問を口にした。


「私は特に何も感じなかった、取るべき反応は何も無い。それの何がいけないんだ?」


それがその人物の嘘偽りのない感情なのは目を見れば分かる。

緋色の瞳を持つ少女。年の頃は16程だろう、少女自身正確な年齢を把握していないので憶測に過ぎないが。

その瞳に悪意は感じない。少女に悪意なんてものはこれっぽっちもない。

これまで行ってきたこと全てにおいて悪意はなかった。

悪人を殺すことはなに一つ間違いのない正しい行いだと信じて疑わなかった。

そうして少女は特に意識することなく多くの命を奪った。

女性だって人並みの倫理観を持ち合わせている、悪意のない殺人だからといって正当化する事は到底出来ないというのは理解している、だが少女を前にして本気で悔いて、今にもその命を散らそうとしている少女にいっそう興味を持った。



今の少女は罪を犯したから殺す、なんて事はしない。

しかし特殊な環境で育ったせいか人として色々と欠けてしまっている、常識も無く、人との接し方もこの通り、まずはその辺りからどうにかしないといけない。

前途多難だな、女性は苦笑いを浮かべた。


「人に褒められれば何も感じなくても笑え、そうすれば大概なんとかなる。無反応でいれば嫌悪感を抱かれ後々面倒になるだけだ、だから笑え、無理にでも笑え」


女性は少女の頬を軽く引っ張り口角を上げる。

少女の白く柔らかい肌は簡単に持ち上がりできたそれはとても笑顔とは言えない表情だった。


「ダメだなこれは、これでは嫌悪感と共に恐怖まで付け加えられた。改善点は一つ、目だな。お前は目が笑っていないそれをどうにかしない限りどうしようもない」


「どうすればいい? どうすれば目は笑う?」


難しい質問に女性は困ったように頭を掻いた。

笑うことなど人は誰しも自然に行う。やり方なんて考えもしない、気付けばなっている。

やり方を問われても説明のしようがない。


「前言撤回だ、無理に笑わなくていい、面白いことがあったら笑え。今のお前に愛想笑いなど到底できやしないな」


少女にまず必要なのは処世術などでは無くもっと基本的なもの、嬉しければ喜び、腹が立てば怒る、悲しければ泣き、楽しければ笑う、そんな感情表現。

しかしどうにも少女は表現するための感情をほとんど持ち合わせていない。

何をしようと常に平坦。

そこで女性に悪戯心が湧いた、その平坦を力尽くで壊してやろうと。

ゆっくり少女の脇に手をやり目一杯くすぐった。

すると思った通りの反応が返ってくる。


「何をしている?」


少女はクスリともしない。

予想していたとはいえ少しつまらなさを感じる。


「はぁ、お前は期待を裏切らないな」


女性はそう皮肉を独りごちるも少女には伝わらない。

端正な顔で鏡越しに質問の答えを要求するようにただひたすら女性を見つめ続ける。

それに耐えかねた女性は一つ咳払いをして、


「ほら、立ってみろ」


と少女を立ち上がらせる。

姿見には少女の全身像が映った。

髪を整え、ボロボロだった服を着替えて白のシャツに黒のロングスカートを身に纏った少女の姿は以前とはまるで違う。

そこには作り物のように綺麗な少女の姿が映っていた。

全てを丹精込めて作成したように目鼻口どこをとっても雑なところはどこにもない。

ただそれは外見に限ってで心はとても歪に作り上げられている。


少女が自身の姿を見て最初に発した言葉は容姿に関することではなく「動きづらい」だ。

「これでは緊急時に満足に動けない」少女の頭は依然争いの最中にいる。


「大丈夫だよお前ならその姿でも何にでも十分対応可能だろうさ、だがなくれぐれも言っておくが自分から問題事に関わろうとなんて考えてくれるなよ、あとあと面倒になるのも嫌だからな」


「分かった、だが問題は向こうからやってくる。私が生きている限りいつかきっと、あの場で死んでいれば何も問題は無かった」


それを聞いた女性は途端に厳しい顔になる。


「相変わらずの死にたがりだな、だがお前はもう死んだ身だ、大人しくしてさえいれば何も起こるまい。何のために苦労してお前の死を偽装したと思っている」


女性はあの場で少女を殺した。

正確には少女という存在を殺したのだ。


「お前が勝手にやったことだ」


「そうだな、だが死ぬ事だけは絶対に許さん。お前は私の助手になったんだ言いつけにはきっちり従ってもらうぞ」


「分かっている、それで私は何をすればいい? 私にできることなど殺し以外に何もないぞ」


「そうは言っても掃除や買い物くらいはできるだろう?」


「出来ない」


少女は人の殺し方だけを教わって他は何も知らない、他は何も興味が無かった。

何もない部屋で眠って、出された食べ物だけを食べて悪人を殺す。

機械のように繰り返すだけの空虚な生活がひたすら続いていた。


参ったな、これは想像以上の難物だぞ。


慢性的な頭痛も相まって女性の頭はさらに痛み出す。


「まあいい、それはこれからどうにかするとして、まずはお互い“お前”と呼ぶのはやめにしよう。これから一緒に暮らすことになるんだ名前で呼び合う方が普通だろう。というわけで私のことは今後レアリスと呼びたまえ、お前はなんと呼べばいい?」


「・・・」


少女は言葉に詰まる、少し悩んでいるようだ。

自分の名前を答えるのに何を悩むことがあるのかとレアリスは疑問に思ったが少女の答えで納得する。


「好きに呼べ」


少女は自身の名を名乗ろうとはせずレアリスに委ねる。

その理由はおそらく過去との決別のためだろうか、しかし困った。

レアリスに人の名前を決めるなんていう大役は荷が重い、頭を悩ませて最終的に至った結論は、


「ではとりあえずは助手と呼ぶことにしよう」


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