第24話 一ヶ月後の答え

 演劇部の大会当日。

 俺と丸は二人で会場に来ていた。

 紅さんの手術と同じ日なので、そっちを優先するつもりでいたが、紅さんから私の代わりに演劇部の舞台を見て欲しいと言われて渋々こっちに来た。

 なんだかんだでヒロイン役は江守さんに任されたため、俺も丸も観客だ。

 丸はヒロイン役になれずに少し残念そうだったけど、やりきった表情をしていた。


「うー……お姉ちゃん大丈夫かな……」

「大丈夫だ、成功する確率のが高いって先生が言ってたんだ」


 八割近く成功する手術らしい。

 確率だけ見れば高いように思えるが、二割で紅さんが死んでしまうかもしれないと思うと、八割がとても頼りない数字に思えてくる。

 丸は気が気でないようで、常にそわそわと身体を揺らしていた。

 そうこうしているうちに立花高校演劇部の番が回ってくる。

 一ヶ月に満たない間だけど、一緒に練習してきた部員達が出てくると、俺も丸も自然に姿勢を正した。


◇◇


 幼馴染みとその親友であるAは二人とも主人公が好き。

 Aは幼馴染みと主人公をくっつけようとする。これは幼馴染みを裏切りたくないAが主人公を諦められるようにしていたことだった。

 そんなとき、主人公はAに好きな人がいることを知り、応援すると言う。

 主人公はAの思い人がまさか自分だとは思わず様々な助言をする。

 Aは諦めきれずに、主人公が自分の恋心に気がつけば、その時は告白しようと決意する。

 しかし、最後の最後まで主人公はAの恋心に気がつかずに、幼馴染みと結ばれる。

「私は貴方の真っ直ぐなところが好き。下らない話で笑っている顔が好き。しょうがないなって困ってる顔が好き。だから、私と付き合ってください」


 これはAが主人公に、思い人に告白するときの練習といって付き合わせたもの。

 本当は主人公に向けた言葉なのだけど、主人公はそれを知らない。

 もし、これで主人公が気付いたなら、Aは告白しようと思っていた。

 でも、主人公は気が付かない。


「ごめん、俺、本当はお前の気持ちに気が付いてた。確信はなかったけど、もしかしたらってずっと考えてた。それがこれではっきりと分かった」


 気が付かない予定だった。元の脚本では。

 俺は、本番の数日前に少し脚本を変更した。

 当然大反発をもらったけど、紅さんのおかげでなんとかごり押しに成功した。


「分かってても気が付かないフリをするつもりだった。でも、お前の顔を見てたら、それはすごい失礼なことなんじゃないかって思って。言う必要はないのかもしれないけど、返事をするのが誠意だと思ったんだ」

「……」

「ごめん、俺はその気持ちには応えられない」

「そうだよね、そうだろうなって思った。あーあ、本当に酷いことするよね。何も言わなければいいのに、わざわざ振るんだもん」

「ごめん……」

「謝らないでよ。悔しいし、悲しいけど、返事をしてくれて嬉しかった。

振ってもらわなかったら、私は引き摺ったままだっただろうし、次に進めなかっただろうから」


 本当は気が付かないまま終わらせるつもりだったんだけど、それはあまりにも可哀相だ。

 誰にも知られずに終わるのは、それはそれで綺麗だけれど、報われなさ過ぎる。

 物語としても、きちんと想いには区切りをつけた方が綺麗だろうと思ったんだ。


◇◇


「おめでとうございます」

「……」


 演劇部は見事大会で最優秀賞を獲得した。

 紅さんがいないのでどうなることかと不安だったが、蓋を開けてみれば江守さんは立派に紅さんの代役を果たした。

 そして、見に来ていた学校関係者や身内の賛辞を一通り受け取ったのを見計らって、俺は双日先輩に話しかけた。

 双日先輩は警戒しているのか、何も言わずに俺を見ている。

 俺が意趣返しをするとでも思っているのかもしれない。


「やっぱり最後を変えたのが良かったんですかね」

「どうだろうな、どちらにせよ最優秀賞をもらっていたかもしれないが、そんな仮定の話は詮無いことだ。そんなことより、なんで今更私に声をかけた?」


 あんな別れ方をして以降、俺は双日先輩と一度も話さなかった。

 なので、今更なんでと思ったのだろう。


「一応演劇部にはそこそこ関わっている人間ですから、お祝いの言葉くらいは伝えたいじゃないですか」

「じゃあ私からも一言言わせてもらおう。おめでとう。君も当事者のはずだけど、それを知っているのは私と紅と椿本妹だけだから、せめて私は君を祝おう」

「そうですね、俺もなんだかんだで嬉しいです。丸も自分のことのように喜んでました」

「君は私を憎んではいないのか?」

 双日先輩がさっきは少し濁した質問を、今度は直球で聞いてくる。

「憎んではないけど、もう関わりたくないとは思ってました」

「今は違うのか?」

「誰にも知られない自己犠牲って一見綺麗だけど、悲しいじゃないですか」

「何のことだ?」

「実は双日先輩との一部始終を紅さんに話したんです。

そしたら、紅さんは詰めが甘いって言ってて、最初は何のことかと思って色々考えてたんです。それで考えついたのが、多分双日先輩が俺と丸を演劇部から遠ざけたことを詰めが甘いって言ったんだろうって」


 双日先輩は顔色一つ変えずに、俺の語りを聞いている。


「丸の演技は貴方も認めるほどだった。確かに今回の舞台だけを考えれば、丸がいなくても江守さんがいた。

でも今後を考えれば、丸が演劇部に入部してすれば、部にとって間違いなくプラスになる。貴方はそれが分からない人じゃない」

「あれは――」


 何か言い返そうとした双日先輩の声を遮り、


「分かっちゃうので、喋らなくて良いです。貴方の言った彼という失言、あれだって誤魔化そうと思えば簡単に誤魔化せるレベルの失言でした。男だと思ってたと言えば、怪しいですけど黒にはならない。わざわざ丸を遠ざけるには早すぎる」


 彼女が何か言えば本当か嘘か分かってしまうかもしれない。

 俺が嘘を見抜けないのは、彼女が演技しているときだけ。

 それなら、今つかれる嘘は多分分かってしまう。俺は彼女を信じたい。だからこそ、共感覚で本当か嘘か判別したくはなかった。


「でも、貴方が言った丸を演劇部に入れるためにしたという言い分は俺を納得させるだけの説得力はあった。紅さんの言うような詰めの甘さはあったにしろ、それだけで否定はできない。なので、探したんですよ、決定的な証拠を」

「決定的な……証拠?」


 双日先輩が初めて表情を微妙に強ばらせた。

 そんなものはあるわけない。

 彼女はおそらくそう思ってるようだけど、まさかという気持ちもあるんだろう。


「貴方が講堂から捨てた髪留めです。この前探しに行ったら見つからなかったんです」

「誰かが拾った可能性だってあるじゃないか」

「講堂の裏手なんて清掃員の人だっていきませんよ。

生徒が行ったとしても、地面の色に近い色の髪留めなんて探そうと思わないと目に留まらないでしょう」

「私が回収したと言いたいのか?」

「俺があげたそんなに高くない髪留めをすごく大切にしてるとまでは思いません。

でも、貴方は人にプレゼントされた物をああして捨てたままにしておける人じゃない。

だって、紅さんの親友で江守さんが慕う都築 双日だから」


 双日先輩は深々とゆっくり息を吐いた。


「仮に私が髪留めを拾ったとして、それならなんなんだ?

君を騙したことには変わりないだろう」

「重要なのは貴方が俺のことをそこまで嫌いじゃなかったってことです。

嫌いじゃないなら、あそこまで突き放す必要はない。

あたかも自分から嫌われにいくように」


 人からもらった物をその人の前で捨てるなんて、よほど相手のことを嫌っていないとできないことだ。

 わざわざ捨てた髪留めを回収してまでそんなことをする理由は一つしかない。

 嫌われようとしたからだ。


「俺の予想では貴方があの時にした説明はほとんどその通りだったと思ってるんです。だから、思わず納得出来てしまった。ただ、一つだけ目的だけが違ったんでしょう。本当は丸と俺をくっつけるためだったんじゃないですか?」

「私が他人の恋路を応援するほど暇に見えるのか?」

「俺と丸は貴方とは殆ど面識はなかったし、俺達のためにやるわけはない。でも、親友のためだとしたら?」

「……」


 双日先輩は何も答えない。最後まで話してみろとでもいうように、俺の言葉を待っている。


「推測でしかないですが、紅さんは常日頃から貴方に俺と丸の話をしていたんでしょう。そして、紅さんの心残りの話も聞いていた。

紅さんもまさかこんなことをするとは想像もしてなかったと思います。

でも、先輩は紅さんのために、俺と丸をくっつけようとした」


 常人なら考えつかないようなことだ。

 色んな状況から考えてみてようやく辿り着いたけど、当初はこんな裏があることを想像もしていなかった。


「それなら貴方の不可解な言動に全て説明が付く。丸の嫉妬を煽るためというのは本当だったんでしょう。でも、丸は中々俺との距離を縮めようとしなかった。しかも、俺は貴方をデートに誘ったりして、よくない方向に進み始めた。そして、紅さんの手術のタイムリミットは徐々に迫ってきていた。

 今思えば、一ヶ月後に答えを聞かせて欲しいという、あの一ヶ月は紅さんの手術のタイムリミットだったんですね。

 そこで焦った貴方は岡谷を使ったんですよね。岡谷と丸を接近させて、今度は俺の嫉妬を煽る。岡谷に抱き合っているように見せたのは、彼が丸にアプローチする勇気を持たせるためだった」

「そんなものは君の予想でしかない。

それでも説明がつくのかもしれないが、ただの希望的観測にすぎない」

「そうですよ、これは俺の希望的観測です。そうだと信じたいだけです。それを踏まえて聞きます。双日先輩、貴方は俺と丸をくっつけるために俺に告白したんですよね?」


 俺は目を閉じた。

 俺が嘘か本当か分かるのは、視界があるときだけ。

 目を閉じたり、塞がれたりすると分からない。

 でも、今はそんな力に頼るんじゃなくて、俺の意思で信じたかった。


「そこまで言われたら、私も認めよう。そうだよ、全部君と丸を付き合わせるために仕組んだことだ」


 双日先輩はこれ以上取り繕ってもしょうがないと思ったのか、小さくため息を吐いて、そう認めた。


「やっぱりそうだったんですね」

「君と丸を見れば想い合っているのは一目瞭然だったし、私が告白してちょっと嫉妬させればすぐにくっつくと思っていた。思ったより手強かったせいで、随分長引いてしまった。演劇部に誘ったのだって、私の台本にはなかったはずのことだった」


 俺と丸ってそんなに分かりやすかったか?

 丸は露骨に好意を見せてきてはいたけど、俺はそんなでもなかったような気がする。


「あの時彼と言ったのはわざとだったんですか?」


 あんなにあからさまな失言を双日先輩がするとは思えない。

 俺が岡谷に見せつけたことに気付いたのを察して、急遽ああいう展開にしたんだろう。


「ああ、わざとだ。君ならば気付いてくれると思ったんだ。

 私だって本当なら君に嫌われたくはなかった。さっさと付き合ってくれれば、私は君との関係を捨てる必要はなかった。でもいつまで経ってもそうならないから、私の存在を君の中から消さなければいけなかった。実際手ひどく君を痛めつけたおかげで丸と付き合ったんだ」

「先輩の言うとおり精神的にかなり痛めつけられましたけど、俺と丸はあんなことされなくても付き合ってたと思います」

「長い目で見ればそうかもしれないが、紅のことを考えるとこれ以上時間をかける余裕なんてなかった」

「害を被った俺としては、もう少しやりようはあったように思いますけどね」

「怒っているのか?」

「多少は。岡谷だって可哀相じゃないですか」


 岡谷が丸を好きになるとは限らなかったとはいえ、そうなるような状況を作ったのは双日先輩だ。

 そこまで酷いこととまでは思わないけれど、可哀相ではある。


「そうだな、どんな理由があっても私がそうなるように仕向けたのは事実。

君にばれてしまった以上隠していてもしょうがないし、素直に謝るよ」

「普通に素っ気なくするとかじゃ駄目だったんですか?」

「君が落ち込んで、丸にそれを慰めてもらうという構図が作りたかったんだ。だから、素っ気なくする程度じゃ成立しない。それに」


 双日先輩はそこで言葉を切って、にやりと八重歯をのぞかせた。


「君が私を好きになるのを防ぐのと同時に、私がこれ以上君を好きにならないようにするために関係は断ち切るべきだったんだ」

「それって……」


 双日先輩が俺のことを好きだったってことじゃないか。

 言葉を失っている俺を見て、彼女は小さく吹き出した。


「冗談だ。どうした顔が赤いぞ? まだ私への想いが捨てきれていないのか?」

「そんなんじゃないです。俺には丸がいますから」

「それでいい。私のことなんか忘れて、二人でイチャイチャすればいいさ」


 自虐的に笑うと、彼女は俺に背を向ける。

 何となく言葉をかけずらかった俺はその背を見送ろうとする。


「待ってください」


 が、丸の声が先輩の足を止めた。

 待っていろと言っていたのに、こっそりついてきていたみたいだ。

 振り返って声の主を見た双日先輩は、


「君は丸にまで話したのか?」


 そう言って、恨めしそうに半目で俺を睨む。


「当然です、丸だって被害者ですから」

「双日先輩がしたことが全部良かったとは思わないです。

たいちゃんを傷つけたこと、岡谷くんを利用したこと、それは悪いことです。

でも、私が勇気を出すきっかけを作ってくれたのは双日先輩です。だから、ありがとうございました」


 丸が頭を下げる。

 全てのはじまりは双日先輩の告白からだった。

 俺と丸の関係が急速に変わっていったのはそれからだったのは間違いない。


「俺からもありがとうございました。丸への気持ちを自覚出来たのは先輩のおかげです」


 俺も続いて頭を下げると、双日先輩は迷惑そうに顔を歪めた。


「やめてくれ。私は私のためにしただけだ、礼を言われる筋合いはない」

「なんでお姉ちゃんのためにそこまで?」

「私は少しでも紅の手術の成功確率を上げたかった。だから、気休めかもしれないが精神面でも万全の状態で臨んで欲しかった。

お前達に正直に伝えても良かったんだが、いくら両思いでも強引に結びつけても紅は喜ばないだろうと思ったんだ」

「今後は前みたいに話してくれますよね?」

「君たちが良ければな」


 丸の上目遣いに、双日先輩は仕方なさそうに頷く。


「あとあとっ、私を演劇部に入れてくれませんか?

ずっとお姉ちゃんと比べられたくないって逃げてたけど、やっぱりやってみたいって思ったんです」

「そんなのは私が決めることじゃない。君がやりたいならば、私に止める権利なんてない」

「やった! じゃ、じゃあたいちゃんもいいですよね?」

「なんで俺まで入らなきゃいけないんだよ」


 丸が演劇部に入るのは勝手にすれば良いと思うし、良いことなんだろうとも思う。

 でも、俺はそれに付き合うつもりなんてない。

 なぜなら、演劇部は大変そうだからだ。

 今は裏方の裏方みたいな関わり方だから、そこまで大変じゃないけれど、本格的に関われば俺の自由時間は半分以下になってしまう。


「だってだって、私一人じゃ寂しいし、寂しいよ!」

「紅さんがいるだろ」

「お姉ちゃんは三年生だし、来年はいないんだよ」

「お前は成長したと思うと退化するな」

「うー……折角なら一緒にやりたいよ……」


 俺の服の袖を振り回して、駄々をこね始める丸。


「そういうのは他所でやってくれないか?」

「あっ……」


 丸は顔を真っ赤にして、手を離す。

 そんな俺達の様子を見て、双日先輩は芝居がかった仕草で呆れるように両手を広げる。

 そして、双日先輩は踵を返そうとしたが、何か思いついたのか俺に向き直る。


「そういえば、私の告白から今日で大体一ヶ月だな。あの時の約束通り、答えを聞かせてくれないか?」


 ふざけているのかと思ったけど、双日先輩の瞳は真剣に見えた。

 丸が俺の手を握ってきたのが分かった。


「俺は付き合っている人がいるので双日先輩とは付き合えません」


 なので、俺も真面目に答えた。

 彼女はその答えを聞くと、大きく頷いて、


「やっぱり、最後の展開を変えたのは正解だった。

知られないまま終わるくらいなら振られたほうが、あの子もスッキリするだろうからな。言葉一つで次に進めるんだから」


 双日先輩は儚げに微笑んで、優勝に浮かれる演劇部の輪の中に戻っていった。

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