第23話 信じる証拠
「江守さん」
紅さんと会った次の日。俺は登校してすぐに江守さんを捕まえた。
「何?」
「双日先輩って、江守さんから見てどんな人?」
紅さんの双日先輩に対する意見は聞いた。
なので今度は交際である江守さんから、双日先輩がどう見えているのか聞いてみることにした。
「急にどうしたの?」
「いいから教えてくれ」
「完全無欠の体現者。知ってると思うけど、演劇部のスケジュール管理とかって全部都築先輩がやってるのよ。
スケジュール管理なんてって思うかもしれないけど、役者だけじゃなくて、照明とか大道具のスケジュールまであの人一人で決めているなんてあり得ない。あり得ないはずなんだけど、あの人はこなしてる」
演劇部で活動を始めて一ヶ月も経っていない俺でも双日先輩の仕事量が異常なのは肌で感じていた。
「双日先輩の有能さは俺も知ってる。そうじゃなくて、演劇部に……なんていうんだろうな、愛着みたいなものがあるように見えるか?」
「見えるわ。私は勿論だけど、他の後輩にも熱心に指導してる。大会で良い成績を残すためだけじゃなくて、あの人がいなくなった後のことも考えてるわ。自分の在籍期間にしか興味がないのだったら、全部あの人が取り仕切った方がいいに決まってるけど、今後のために私達だけで回せるように色々教えてもらってるから」
「そうか……」
いつかは忘れたけど双日先輩は、私達が卒業しても演劇部は残るから今のうちに育てたいと言っていた。あの言葉は嘘じゃなかった。
一年以上彼女の下にいた江守さんから見ても愛着があると思えるなら、あの時の彼女の言葉は演技ではなく本心だったんだろう。
「だから不思議だったのよ」
「不思議?」
「私が演技できない時に、椿本さんを連れてきたでしょ? あの人の性格からして、部内の不和をうんでまで無理矢理主役に部外者を据えようとするなんておかしいと思ったの」
「俺からすると、そういうことしそうな人に見えるけど」
「私が椿本先輩の代役に指名された時、はじめは私断ったのよ。無理ですって」
「まじで?」
常日頃から堂々としている江守さんの口から放たれたとは思えない弱気な台詞だ。
天才とは分かっていたけれど、間近で見ていた江守さんは俺の数倍紅さんの凄さをその身に感じていたんだろう。
「主役ってだけで荷が重いのに、椿本先輩の代役なんて務まるわけないじゃない」
「江守さんなら務まりそうだけどな」
「はいはい、ありがと。それで、部長は私に言ったのよ。賞を取ることが全てじゃない。賞を取るために努力するのは当然だけど、一生懸命やった結果が駄目だったとしても私は君を責めないって」
「そんなことを……」
丸を演劇部に誘った時、双日先輩は賞を取るためなら何でもすると言っていた。あの言葉と明らかに矛盾している。
「だから、あの時は余計ショックだった」
「確かにそれはくるな」
「でも今思うと、部長は椿本さんを主役に据える気なんてなかったんじゃないかって思うのよ。あんなこと言っておいて私の指導はしっかりしてくれてたし、椿本さんを誘ったのは私を奮起させるためだったんじゃないかって」
「多分そうだったんだろ。だから俺が捨てられたわけだし」
俺はおどけるように言うと、江守さんは辛そうに顔を歪めた。当てつけのつもりはなかったんだけど、ちょっと無神経だったかもしれない。
「三井くんは戻ってくるつもりないの? 椿本さん寂しそうよ」
「俺がいなくても丸は大丈夫だ。もうあの時とは違う」
丸は俺がいないと舞台に立てないような弱さはとっくになくなっている。
昔の俺達はお互いに悪い意味で依存していた。
俺は丸を必要以上に手助けして、丸の隣に俺の居場所を無理矢理作っていた。
丸は丸で、俺に助けてもらわないとできないと思い込んでいた。
紅さんがいったように、あのままの関係を続けていくのは良くないことだった。
丸が頼ってくれないことに少し寂しさもあるけど、それ以上に嬉しさがある。
「私が間に入るから、部長と話してみない?」
「丸が普通に演技出来るんだから、俺が主役を演じる必要はない。江守さんだって俺が主役を張れると思えないだろ」
「……そうね」
江守さんはなんて答えようか迷ったようだったが、嘘をついてもしょうがないと思ったようで、率直な意見をくれた。
「だから、俺が戻らなくても問題ない」
演劇部に愛着があるのが本当だとしたら、一つだけ双日先輩の行動にはおかしな点がある。
あの時、岡谷にわざと見せたのをすぐに認めたことだ。
俺が嘘を分かるのを知らないはずなのだから誤魔化す選択だってあったはずだ。
彼と言ったくらいなら、まだ言い間違いと言い張っていい。
俺が脚本を書いているのは双日先輩は知ってるし、丸にしたって正式に演劇部に入らせることができれば今後のプラスになる。俺は兎も角、丸を突き放すのは演劇部にとって損失のはずだ。今回の舞台には出すつもりがなくても、丸がいれば今後の舞台での幅が広がる。
紅さんの言った詰めの甘さとはこのことなんだと思う。俺ですら想像がつくようなことを彼女が思い至っていないはずがない。
それでも、双日先輩の本心が他にあると考えるには弱い。
『ただ私は……双日先輩と過ごした一ヶ月の全てが嘘だったとは思いたくない』
そこでふと丸の声が、俺の脳裏に蘇った。
短い付き合いだけど、あの人の生き様は格好良いと思った。だから、俺は信じたいんだ。あの人のことを。
演技によって嘘が見破れない以上、双日先輩の言葉が赤いかどうかは関係ない。
双日先輩は俺といる時に、僅かだけど嘘をついていた。友達が必要ないと言った時がそれだ。常に演技していたのならば、あの言葉だって嘘だと見抜けなかったはず。
それなのに、あの言葉だけ赤く聞こえたということは俺の前で常に演技していたわけじゃないということに他ならない。
つまり、俺のことを好きだという感情だけが演技で、その他の言動の全ては双日先輩自身がやったことというのも十分あり得る。
紅さんの甘いという言葉と江守さんにかけた言葉の矛盾。その二つが、双日先輩の部を思う気持ちと彼女の言動に違和感を生じさせている。
もし双日先輩が紅さんや江守さん、そして俺と丸が思っているような人だったと仮定するならば、賞を取るために俺と丸を騙すようなことはしない。
だけど、彼女の本当の性格は俺達が思っているようなものじゃなかった可能性もある。
もう少し、もう少し双日先輩を信じさせる何かがないか。
俺はふとあることを思い出した。俺と丸を騙していたと告げた日に双日先輩がしたこと。
もしかして、あそこになら証拠があるかもしれない。
――そこにはあるはずのものがなかった。
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