第21話 関係の変化
丸と正式に付き合うことが決まった日の夜。
珍しく紅さんからメッセージが届いていた。
『丸のことよろしくね。今度お見舞いに来るときは熱々な二人が見たいな』
なんでもう知っているんだ。
十中八九、丸が伝えたのだろうと思うけど、いくらなんでも早すぎる。
身内に自分の恋愛事情を話すのは恥ずかしいような気がするが、男と女の差なんだろうか。
ただ、紅さんには早い内に報告しないといけないだろうと思っていたので、伝わるのが少し早まっただけ。
熱々な二人なんていうけど、付き合いが長い分俺と丸の関係はそこまで大きく変わらないだろうと俺は思っていた。その日までは。
◇
翌日、朝食を食べているとき、インターフォンが鳴った。
母さんが応対にいくが、すぐに戻ってきた。
「丸ちゃんが迎えに来てるわよ」
「丸が?」
「たいちゃん! 一緒に学校行こ!」
玄関から、丸のやかましい声が聞こえてくる。
俺はパンを口の中に詰め込み、牛乳で流し込む。
ここで時間をかけすぎると、両親に何か聞かれそうだったので、早々に学校に行きたかった。
俺が支度を全て終えて、丸の元に行くと、母さんも俺を見送りにきた。
「今日は何かあるの?」
「何か?」
母さんの問いかけに丸が首を傾げる。
「だって、丸ちゃんが朝来るなんて小学校以来じゃなかったかしら?」
「私とたいちゃん付き合ってるんです!
だから、毎朝一緒に登校することにしたんです」
「おい、丸!」
なんか適当な理由を付けて誤魔化してくれるんだろうなと傍観していた俺は、丸の正直すぎる答えに思わず声を荒げる。
母さんは驚いているのかそうじゃないのか、よく分からない顔のまま俺と丸を交互に見ている。
「言っちゃ駄目だった?
私とのこと隠したかったの?」
「そうじゃないけど、あんまり親に言うことでもないだろ」
丸が悲しそうな目で俺を見る。
なんだかひどく悪いことをしたような気になってくる。
「なんで?」
「なんでって……」
そう聞かれるとなんて答えて良いのか分からなくなる。
恥ずかしいって言うと、なんか丸との関係が人に言えないものみたいに聞こえる。
「この年の息子の色恋沙汰に口を出すつもりはないから、安心しなさい。
茶化されるのが嫌なんでしょ」
「それならいいけどさ」
「でも、避妊だけはしなさいね。
お母さんも色々忙しいんだから、今孫が出来ても手伝えないわよ」
「それを茶化すって言うんだよ!」
ケラケラ笑う母さんを残して、俺は丸と一緒に家を出た。
丸が横で歩いているのは、いつもの登校と何も変わらないはずなのになぜか俺は緊張していた。
こいつも同じ気持ちなのかなと横を見ると、側頭部に常備されているくせっ毛以外にも頭頂部で跳ねている毛があるのを見つけた。
「お前寝癖すごいぞ」
「寝癖? どこどこ」
丸は両手を頭の上に持っていって、どこに寝癖があるのかを探している。
髪より少し浮かせて探さないと跳ねている場所がどこなのか分からないだろうに、丸は髪に手をつけて探しているせいか場所の特定が出来ていない。
「どこ? どこ?」
最近すっかり大人っぽくなったと思っていたが、丸はやっぱり丸だ。
俺は丸の手をよけて、寝癖のある場所を撫でつけて直した。
「えへへ、ありがと」
はにかむ丸の笑顔がやけに可愛らしく見える。
もとから女性として意識していなかったわけじゃないけど、ああして気持ちを伝える前と後では違ってみえるのはなんでだろうか。
「ねえねえたいちゃん、手つなご」
丸が右手を俺の前に出してくる。
俺は少しだけ悩んで、丸の小さな手を握った。
はっきりいって人目に触れる場所でこういうことをするのはどうかと思う。
嫉妬とかじゃなく、人前でいちゃいちゃするカップルがどういう神経をしているんだろうと思ったことは幾度とある。
でも、丸がしたいと思っていることはしてあげたかった。
周りにいる見知らぬ誰かにどう思われるかより、丸の喜んだ顔が見たい。
世にいるバカップルと言われる人達もそういう思いなんだろうな。
「学校の近くでは離すぞ」
「うん!」
丸は満面の笑みで頷く。
俺達はたわいない話をしつつ、学校へと歩を進める。
しかし、学校に近づいても丸はその手を離す気配がない。
「そろそろ離さないか?」
「やだ」
丸は小さく首を横に振る。
繋いだ丸の指が、俺の手を離すまいとぎゅっと握ってくる。
「流石にクラスメイトには知られたくないだろ」
「なんで?」
「変に茶化されるからだよ」
「でも、隠れて付き合ってたらまた変な噂がたつかもしれないよ?
それなら、知らせた方が良くない? 良いよね?」
反論出来なかった。
丸の言うことは一理ある。
俺と丸の中途半端な関係が二股なんて憶測を生んでしまった。
ここで俺と丸が付き合っていることを公言すれば、あんな噂は立たないだろう。
ただ、どうしてもクラスメイトに知られるのだけは抵抗がある。
視線を落として、丸と繋いだ手を見る。
丸の指はしっかりと俺の指と指の間に絡められていて、簡単には解けない。
力ずくなら解けるけど、俺が恥ずかしい思いをすることと丸が悲しむことを天秤にかけたら、当然後者に傾いた。
結局、俺と丸は手を繋いだまま、教室に入った。
ざわついていた教室内が一瞬だけ静まり、俺達の方に視線が集まる。
そして、その視線は伊藤の方へと向いた。
俺と仲の良い伊藤が聞けという無言の圧力だろう。
伊藤はそんな雰囲気を察してか、席に着いた俺に真っ先に話しかけにきた。
「お前ら、その、あれか?」
「あれだ」
その代名詞が何を指しているのかは明らかだったので、同じように答えた。
「ようやくかって感じだけど、おめでとう」
伊藤は特に驚きもせずに祝福してくれた。
他のクラスメイトもすぐに関心を失ったようで、再び雑談を始める。
周りの反応から、俺と丸は今更付き合っても特に驚かれないくらいには、付き合いそうだったということだろう。
変に茶化されることもなさそうだったので、安心した。
「私が聞いていた話と違うんだけど」
伊藤の次は江守さんだ。
彼女に丸のイジメを止めるようにお願いしたとき、俺は丸と岡谷が付き合っているだろうという話をした。
だから、今俺と丸が手を繋いで教室に入ってきたことに疑問を覚えたようだ。
「あれは勘違いで、丸は岡谷と付き合ってなかった」
「どういうこと?」
江守さんが眉をひそめる。
「どういうもこういうもない、そういうことだったんだ」
「要するに、岡谷くんと付き合ってるかもって思って、椿本さんのことを好きだって気付いたってこと?」
「そんな単純な話じゃ……」
ないとも言い切れない。
岡谷と丸が仲よさそうに話しているのを見て、俺は丸のことが好きだったと自覚した。
岡谷とのことが、付き合うきっかけになったのは確かなことだ。
「付き合うのはいいけど、あまり見せつけないで。
不愉快だから」
「不愉快って言われてもなあ……」
「勘違いしないで欲しいのは恋人がいることに嫉妬してるわけじゃないってこと。
そういうの見ると苛々するだけ、分かるでしょ?」
変な前置きさえなければ嫉妬なんて思いもしなかったのに、逆にそうなんじゃないかと疑ってしまう。
「分かる。でも、当事者になると分からなくなるみたいだ」
「はあ、もういいわ。好きにして」
江守さんは呆れたようにため息をつく。
そして、微妙に顔を動かして周囲を見た後に、
「演劇部に来なくなったのって、付き合いだしたのが理由なの?」
と小声で聞いてきた。
何の断りもなく行かなくなったので、いずれ聞いてくるだろうとは思ってた。
色々尽力してくれた彼女には一声くらいかけても良かったんだろうけど、あの時はそんな気力が起きなかったんだ。
「違う、双日先輩と揉めただけだ」
「揉めたって何を?」
「お前に話せることじゃない。単に意見が相違しただけだ」
江守さんもある意味当事者なんだから、本当の理由なんて話せるわけがない。
「それがなんで来なくなることに繋がるわけ?」
「来なくてもいいって言われたからだ」
「嘘でしょ?」
江守さんは信じられないとばかりに目を見開いた。
彼女にとって双日先輩は理想の先輩なんだろう、タイプもちょっと似てるし。
だからこそ、意見が相違したくらいで双日先輩がそんなことを言わないはずだと思っているんだろう。
「もう詮索しないでくれ。本番間際に行かなくなったのは悪いと思うけど、もともと江守さんがやるはずだったんだから問題ないだろ」
話の流れが面倒くさそうな方向に向かおうとしていたので、強引に打ち切る。
「そうね、問題はない」
江守さんはちょっと怒ったように頬をぴくりと動かして、吐き捨てるように言う。
「でも、つまらないわ」
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