第12話 贈り物
「それで、この後はどうするつもりなんだ?」
食事を終え、デザートを食べ終えた俺達は食休みがてら次の目的地を決める話を始めた。
「このショッピングモールで何か買い物でもしようかなって」
「何か欲しいものがあるのか?」
「ないですけど、先輩は何かありますよね? 服とか見たくないですか?」
女性は大抵服に興味があるという話を聞いたことがある。
実際丸は買いもしないくせに洋服屋が近くにあると、吸い寄せられるように入っていく。
だからこそ、多くの洋服屋が入っているこのショッピングセンターを選んだのだ。
「いや、全然」
「え……」
断言するような口調に、俺は絶句する。
「服なんて必要最低限あれば問題ないだろう? 夏服は十分あるし、秋冬物を買うにはまだ早い」
俺の勝手なイメージだと、女性は一シーズンに服を十数着くらい買うと思っていた。
昨日見たサイトでは、ウィンドウショッピングをしたくない女性はいない。そして、女性を褒めておけば間違いないと書いてあった。
あのサイトの管理人は今まで付き合った女性は三桁と謳っていたくせに、まるで役にたたないじゃないか。
「ウィンドウショッピングはどうですか?」
「買わない服を眺めて何が楽しいんだ」
当然だろうと言わんばかりの都築先輩。
俺もどちらかといえば買わない物を眺める行動が理解出来ない人種ではあるけど、先輩がそうなのは予想外だった。
「可愛い服を見るの楽しくないですか?」
珍しく丸が会話に入ってきた。
「買うつもりで選ぶならば楽しい。だが、今日は買うつもりはない」
「そ、それなら、俺が先輩にプレゼントします」
「プレゼント?」
都築先輩が二、三度切れ長の目しばたたかせる。
「もともとこれはお礼で誘ったわけですし、何かプレゼントするのでそれを探しましょう」
「だから、そういうのは必要ないと言っただろう」
「勿論何万もするようなものは無理ですけど、数千円程度なら出せます。これは男の見栄とかそういうのじゃなくて、本当にお礼の気持ちなので遠慮しないで下さい」
なんだかんだでチケット代も昼食代も割り勘だったので、少しくらいは払わせて欲しかった。
「……分かった。君がそこまで言うなら、あまり遠慮しすぎるのも悪いからね」
そうして、次の目的は都築先輩へのプレゼント探しに決まった。
「何か欲しいものってありますか?」
イタリアンレストランから出て、俺は都築先輩に聞いた。
ショッピングモールでおおまかな方向性を決めないで歩き回るのは愚策だ。
「欲しいもの……」
都築先輩はひとしきり考え込むと、何か面白い悪戯を思いついた子供のように目を輝かせた。
「き――」
「つまらない冗談はやめて下さいね」
どうせ「君」とかしょうもないことを言い出すのだろうと思ったので、彼女の言葉を遮って釘を刺した。
「なんで分かる」
「先輩の目がそういう目だったので」
「はっきり言って欲しいものなんてない、だからちょっとふざけようと思っただけで」
「先輩の家ってお金持ちなんですか?」
「そういうわけじゃないけど、私はそこまで物欲がないんだ。実利的って言うのかな、必要にならないとあまりお金を使おうと思わない。言われてみれば欲しかったみたいなものはあると思うけどね」
「服なら欲しくなくても、ないよりはましですよね」
「それはそうだけど、君はないよりましなものを私に贈るつもりなのか?」
「プレゼントなんて大抵そんなもんじゃないですか?
本当に欲しいものなんて本人にしか分からないと思いますけど」
「それを考えるのがプレゼントの醍醐味だろうに」
「でも、プレゼントは何をもらったかより、誰からもらったかですよ」
「それは私の台詞だ」
先輩が欲しそうで、且つこのショッピングモールにあるもの。
まず服は除外される。よほど良い服なら気に入ることもあるかもしれないけど、俺に買えるレベルの服なんてたかが知れている。
小物的な物も彼女から言わせれば実用的ではないだろうし、欲しいものとはいえなさそうだ。
「何か良い案はないか?」
俺が頭を悩ますよりも、同じ女性の丸に聞いた方が良い案が出ると思って聞いてみる。
「香水とか、入浴剤とかはどう? 都築先輩は肌が弱いとかないですよね?」
丸がそう提案するが、
「折角もらうなら形に残る物がいい」
「意外に我が儘ですね」
「そこまで悩まなくていい。君の言ったとおり誰からもらったかが大事なんだ。よほど変なものじゃなければなんでもいい」
そう言われると、逆にしっかりしたものを選びたくなってくる。
「とりあえず、この雑貨屋にいきましょう」
俺達は近くにあった雑貨屋に入った。安めのアクセサリーや小物など幅広い雑貨の売ってる店だ。ピンクを主とした内装に少しだけ入りにくさを感じたけれど、このショッピングモールで女性にプレゼントを買える店なんてここ以外にはなさそうだった。
「これとかどうですか」
コットン製の刺繍があしらわれたタオルを手に取る。
タオルならば使わないことはないはずだ。
しかし、都築先輩の表情は優れない。
「確かにタオルは実用的だが、自宅に十分すぎるほどある」
「じゃあブレスレットはどうでしょう」
シンプルな銀のブレスレットを指さす。アクセサリーは恋人へのプレゼントみたいで重すぎるだろうか。そう思って先輩の方を見ると、彼女は珍しく言葉を選んでいるのか何か言おうと口を開いた後にすぐ閉じた。
「……やっぱりこういうのは君が選ぶべきだ。いちいち私に聞いていたら、私がすごい我が儘な女に思えてくる」
「あんま嬉しくなさそうに嬉しいと言ってもらうよりは、先輩みたいに素直に言ってくれる方がありがたいですけどね」
あれも嫌だ、これも嫌だと言われるのも気持ちの良いものではない。
でも、嫌々ながらもらわれるよりはましだ。
かといって、これはどうですか? といちいち聞くのも、どうなんだろうという気がしてくる。
「じゃあ、もう直感で選んでくるので、先輩は待っていて下さい。ただし、気に入らなかったら正直に言って欲しいです」
「分かっている、見え透いた言葉は君には見破られるだろうから」
都築先輩を店の前に待たせて、俺はプレゼント探しを再開する。
ざっと店内を回るが、めぼしいものは見つからない。
俺はアクセサリーが並んでいる一画で足を止める。
ネックレスやブレスレット、髪留めなど手頃な値段の装飾品が並んでいる。
どれも都築先輩が欲しがるとは思えない。
本当に欲しいものは本人にしか分からないから、考えても無駄な気さえしてきた。
「丸も考えてくれよ」
「私はもう決めた」
「決めた?」
「私は私で買うよ。都築先輩にお世話になってるのは私も同じだから」
「見せろ」
「見ないで! 見ないでよ!」
俺は丸が後ろ手に隠しているものを見ようとするが、丸は身を丸くしてそれを隠してしまった。どうせすぐに分かるのになんで隠そうとするんだろうか。
丸が当てにならないので、自分一人で考えるしかなくなってしまった。俺は一人で店内を回りながら品定めをしていく。
ふと目に留まった髪留めを手に取る。値札に書いてある商品名を見るとバレッタというらしい、イタリア製の拳銃みたいな名前だ。細長い長方形に小さく花がデザインされている。
都築先輩は腰に届きそうなほどの長髪だけど、いつも髪は下ろしていて束ねたりはしていない。たまにはこういうのを付けても似合うんじゃないか。可愛らしすぎないし、先輩のイメージにも合っているような気がする。
俺はべっ甲柄のシンプルな髪留めをレジに持って行く。値段も三千円弱と手頃だ。
プレゼント用の包装をしてもらっていると、レジのお姉さんが笑顔で、
「彼女さんですか? すごい綺麗な人ですね」
「いえ、違います。普段お世話になっている人なので」
俺と都築先輩くらい顔面偏差値の違う人間でも一緒にいるとカップルに見えるようだ。もしかして、丸のことだったかもしれないがどちらにせよ俺の返答は間違っていない。
俺は外で待っている都築先輩のところへ行き、買った物を手渡した。
「開けていいか?」
「折角包装してもらったんで、家に帰ってからにしてもらって良いですか?」
「断る」
なんで聞いたんだと思ったけれど、止める間もなく彼女は包装をはがしている。
「これは、バレッタか」
「そうです。先輩って髪すごく長いじゃないですか。それでいつも普通に下ろしてるだけなんで、特にこだわりがないんだったらたまに髪型を変えるといいんじゃないかと思いまして」
「こだわりなんてない。髪が長ければどんな役にも対応出来る、だから伸ばしているだけだ」
先輩らしい理由だ。
「じゃあ、良かったらつけてください。気が向いた時で良いので」
都築先輩レベルの容姿なら、どんな髪型でも似合うだろうけど。
先輩は髪留めと俺とを交互に見ると、はにかむように微笑んだ。普段の笑顔とは少し違う顔に、思わず心臓の鼓動がはねた。
彼女は髪留めを俺に渡すと、くるりと後ろを向いた。
「そう言うなら君が付けてくれ」
「え、俺こんなの付けたことないですよ」
「いいんだよ」
有無を言わさない調子の声に、俺は渋々都築先輩の後頭部に手を伸ばす。
とりあえず髪の一部を束にしてそれを髪留めで止めてみた。
正式な名称は分からないけれど、ポニーテールの全部まとめないバージョンみたいな感じになった。
「出来ました」
「どうかな? 似合ってる?」
「似合ってますよ」
「それなら良かった」
都築先輩は、後頭部にまとめられた髪を後ろ手に触ると満足げに頷いた。
なんだかんだで喜んでもらえているようだったので良しとしよう。
「あの、私からはこれを……その、いつも私のために居残り練習に付き合ってもらって、ありがとうございます」
丸がプレゼント用の包装紙に包まれた物を渡す。
「アロマキャンドルか」
「いつも疲れてるみたいなので、よく眠れるようにって」
「ありがとう椿本妹。嬉しいよ」
プレゼントを受け取った都築先輩は再び破顔した。
そんな先輩の前で、丸は何かを決心したように両手をぐっと握りこんだ。
「あの、私のことは丸って呼んでくれませんか?」
一世一代の告白というくらいに気合いに満ちた丸を見て、都築先輩は少しだけ笑いを零す。
「分かった。これからは丸と呼ばせてもらう。それから」
都築先輩はそこで言葉を区切り、俺と丸を見る。そして、少しだけ目線をそらすと、
「私のことは双日と呼んでくれないか?」
とぶっきらぼうに言った。
今日で丸と都築先輩が仲良くなったかは微妙だったけれど、俺が部活中に感じていた微妙な距離感はなくなっていた。
それから俺達はショッピングモールから出て、駅へと歩いていた。外が赤くはじめて、そろそろ解散しようという雰囲気になったのだ。
「双日先輩。今日はありがとうございました」
「何で君が礼を言うんだ、それは私の台詞だ。誘ってくれてありがとう、久しぶりに楽しかった」
「じゃあ、また学校で」
「ちょっと待った」
踵を返そうとする俺を、双日先輩の声が止める。
「なんですか?」
「ずっと気になっていたんだが、なんで私を誘ったんだ?」
「お礼だって言ったじゃないですか」
「それも嘘じゃないんだろうけれど、それだけじゃないはずだ」
切れ長の瞳が俺をじっと見つめている。俺に誤魔化しを許さない迫力があった。
「たいちゃん、私先に帰ってるね」
これから踏み込んだ話になると察したのか、丸は空気を読んで小走りで駅に行ってしまった。丸は人の気持ちには敏感なので、なんだかんだで気遣いが出来る。
「先輩はいわば俺の理想なんですよ。嘘をつかないで生きていくやり方が間違いじゃないって証明して欲しいんです。俺はいざというときは曲げてますからね。
そういう人が嫌いな人はいるでしょうけど、俺や紅さんみたいな人も多くいるはずです」
呆気にとられた表情でかたまる双日先輩。まさか俺にこんなこと言われるとは思っていなかったのだろう。しばらくすると、彼女は堪えきれないようにクツクツと笑い声を漏らした。
「そういえば、この前そんな話をしたな。要するに、友達がいない私を哀れんだと?」
「違います。俺の友達を紹介したかっただけです。あいつは俺が嘘をつかないでクラスで浮いていた時も変わらず仲良くしてくれた、たった一人の親友なんです。俺も先輩と同じく友達は少ないですから、その数少ない友達と俺が親しくしたい人とは仲良くしていてほしいんです」
双日先輩が初めて俺についた嘘。友達なんて必要ないという嘘。孤高の人という周囲から貼り付けられたレッテルがつかせた嘘。俺は彼女にそんな嘘をついて欲しくなかった。
俺はただ孤高な存在だというレッテルを剥がしたかった。それが自己満足だとしても。
「君が私のことをそんな風に見ていたとは知らなかったよ。嘘をつかない生き方……か」
双日先輩の表情が陰る。
「私の父親は外に女を作って蒸発した嘘つきだった。それで母親からそういう人間になるなと育てられた結果こうなっただけで、君に尊敬されるような生き方を選んでいるつもりはない。それに嘘をつかないことは必ずしも美点とは言えない。嘘が必要な時もある」
「でも、先輩は利己的な嘘はつかないですよね。そういう所は尊敬できますし、そういう貴方と喋ってる時は必要以上に気を遣わなくてすむので気楽なんです」
「そうか」
「迷惑でしたか?」
「ああ、ありがた迷惑だよ」
双日先輩は切れ長の瞳を細める。その声は赤かった。
双日先輩の嘘は自分の弱みを隠すためのもの。それが分かる俺はこの世でただ一人彼女の弱みを見せてもらえているようで、少しだけ誇らしかった。
「それじゃあ、最後に今日のお礼をしよう」
双日先輩はそう言って俺の身体をぐっと引き寄せる。彼女の顔が俺のすぐ目の前にくる。
黒目勝ちな底の見えない深黒の瞳に見つめられ、俺は身動きを取ることを忘れていた。そして、そのまま顔を近づけていき俺の額に一瞬だけ唇をつけた。俺が呆気にとられ言葉を失っていると、彼女は顔を離していく。
双日先輩の顔は夕陽に照らされて赤く染まっていた。なぜかその顔はどこか悲しそうだった。
「唇は二人きりの時におあずけだ」
双日先輩は俺の後ろを指さす。振り返ると、そこには建物の影から顔を半分だけ出してこちらを見ている丸がいた。
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