旅立ち編 第5節 曲者たち

ジャックと別れると、ベネットが手招きしているのが見えた。


「こっちだよ、ラズベリー」

「あ、了解」


私が近づくと、他のスタッフがジロリと私を見てくる。

少し緊張するが、なんてことはない。

こういう時は度胸が重要。

堂々としていればいいのだ。


今回のプロジェクトで用意された車は全部で四台。


医療チーム用の車が三台。

魔法支援チームの車が一台。


いずれも機材などが運べるよう、大きめのワゴン車となっている。

普段車なんてあまり乗らないので、なんだか新鮮だった。

魔女をしていると、こういう当たり前の感覚が損なわれる時があるので困る。


たくさんの医療機材を運ばなければならない医療チームに対して、魔法支援チームは調査用の設備や記録媒体を除けば、あとは手荷物しかない。

比較的荷物が少ないので、あてがわれた車も一台というわけか。


魔法支援チームのメンバーが、私とベネットを含めて計六名。

これからこの六人で、衣食住を共にすることになるのだろう。


「またせたね、皆。自己紹介は車中で行うとして、とりあえず車に乗ろうか。運転をしてくれるのは……」

「私です。ミスターベネット」


ベネットの言葉に、一人の青年が一歩前に出る。

背が大きくて細身の、肌が黒い人だった。

見た目からでも分かるような、穏やかそうな顔をしている。


「お会いできて光栄です」

「名前はなんていうのかな?」


「アボサム」

「アボサム、変わった名前だね?」


「アフリカ出身です。故郷の精霊の名から名付けられました」

「良い名前だね。アボサム、よろしく頼むよ」


「あ、あの、ベネット様!」


そんな二人の会話に割って入るように、一人の女の子がずいと身を乗り出した。

小さなお団子を二つ作った髪型で、見た目にも幼い印象を受ける。

アジア系に見られる、線の薄い顔立ちだ。


「私は台湾の魔女でシャオユウです! お会いできて光栄です!」


すると「おいお前、抜け駆けするなよ!」とまた一人割り込んできた。

小太りの白人男性のおじさんである。


「ベネット! 独国のヨーゼフです! 過去に一度お会いしたことがあります!」

「ちょっとあんた! 私が話してるんだから遠慮しなさいよ!」

「うるさい小娘! こう言うのは年功序列だ!」


まだ出会って五分経ってないのにもう喧嘩している。

本当にこの先大丈夫なのか。


「醜いよねー、少しでも目立とうと必死なんだからさぁ」


不意に、横から話しかけられる。

振り向くと、そこにピンク色の髪をした、えらく派手な女性が立っていた。


「えっと、あなたは……?」

「米国のオズ。あなたと同じ魔法チームだよっ。よろしくね、ファウスト様のお弟子さん」

「ど、どうも……」


手を差し出され、思わず握手する。


めちゃくちゃ可愛い人だな。

眠たげな瞳をしていて、何だか心の内側まで見透かされているような気になる。

こんな人も参加するのか。


「曲者揃い……か」


ジャックの言葉を思い返す。

たしかに、一筋縄ではいかなさそうだ。


「ねぇ、ところでお弟子さん」

「はい?」


「もう医療チームはとっくに荷物積み終わってるけど、止めなくていいんかなぁ?」

「えっ? うげっ、マジだ」


言われて見ると、荷積みが終わっているどころか出立しようとしているのが見えた。

何という統率力。


「あのー! えっと、そろそろ出ません?」


「あぁ!?」

「邪魔するんじゃないわよ!」

「えぇ……」


 ◯


揺れる車中。

流れる景色。

目の前の広大な風景が、私の心を現実から連れ去ってくれる。


そう、この最悪の空気の車中から。


ガタガタと揺れる車。

響くエンジン音。

無言の車内。


運転は先程のアボサムという黒人男性。

助手席は機嫌良さそうに頬杖ついて外を眺めるベネット。

後部座席には皆の荷物と、端に一人座る先程のオズという魔導師。


そして私は、すでに犬猿の仲と化した二人の男女に挟まれていた。


「チッ……」

「……ハァ」


さっきからたまに飛び交う左右からの舌打ちとため息。

初対面で、ただでさえ気まずいのに、さらに気まずさが加速していく。

なんでこんな気まずさの塊みたいな奴らに囲まれねばならぬのか。


私が内心げんなりしていると「ラズベリー」とベネットが車内の沈黙を破った。


「せっかくのドライブなんだ。皆に自己紹介してみたらどうだい」

「えっ……自己紹介?」


正気かこいつ。

この状況で自己紹介をさせようなぞ、常人の考えではない。

そこで気づく。そういえばこの人は常人ではないのだと。


ベネットは変わらずゆるい笑みを浮かべたままだ。

だが私には分かる。

間違いなく楽しんでいると。


車内の視線が私に集まる。

どうやらもうやらざるを得ないらしい。


「えっと……メグ・ラズベリーです。西欧の地方都市ラピスから来た魔女で――」

「知ってる」


言葉を被せられる。

私の右隣に座る女子だ。

名前は……たしかシャオユウとか言ったか。


「あなた、七光りでしょ」

「……はい?」

「七賢人の一人、魔女ファウスト様の弟子。水の都アクアマリンを大災害から救った魔女。どれだけすごい人が来るんだろうって期待したけど、がっかりしちゃった。全然知識のなさそうな、田舎の魔女がやってくるんだもん」


すると「まったくだ」と今度は左隣の独国男が同調する。

こいつはヨーゼフとか名乗っていた気がする。


「魔女ファウストと言えば、魔法界ではベネット様に継ぐ二番手の魔女だ。その唯一の弟子がこんな小娘とは……魔法界も先が思いやられるな」


「本当そう。魔法協会の一大プロジェクトって言うから、どれだけの実力者が集まるかと思ってたのに……。まさかコネクション起用されるなんてね。がっかりよ」


「えっと……まだ私何も言ってないんすけど。お二人は私のどこを見てそう思われたんですか?」


私が尋ねると、シャオユウとヨーゼフは示し合わせたようにため息をついた。


「そんなの決まってるだろう」

「偉大な魔女は見た目で分かる。凡才もね」

「なるほどね?」


怒りで骨がビキビキ軋むのを感じた。

何だこいつら。

血祭りにして車で引きずり回してやろうか。

そんな不穏なことを考えていると、背後から「ふぁーあ」とあくびする声が聞こえた。


「じゃあ次は僕だねー。僕はオズ。米国の魔導師でぇ、地質とかぁ、生態系とかの研究をしてるよぉ」


オズはそう言うと、ヒラヒラと私に手を振ってくれる。

マイペースな人だ。

ただ、この場においては清涼剤以外の何物でもない。

私が手を振り返していると、ヨーゼフが呆れ顔を浮かべた。


「言っとくけどそいつ、男だぞ」

「うぇっ? 男!? 噓でしょ?」


するとオズは「失礼だなぁ」と頬をふくらませる。


「性別なんてどっちでも良いじゃん。男になるのも女になるのも、人間には自由に選択する権利があるんだぁ」

「ジェンダーレスってやつね。私の国じゃあ考えらんない」


シャオユウがそっと肩をすくめた。


ジェンダーレスとは性的な境界線や差をなくす、という考え方だったような気がする。

ニュースで見たことはあったが、実際にその考えを持つ人に会ったのは初めてだった。


私が呆然としていると、くっくっくっとベネットが含み笑いをした。

心底愉快そうな顔で、口元をおさえて笑っている。


「ふふっ、良いね。明るくなった。ラズベリー、君がいると場が華やぐね」

「えぇ……? 私?」


私が困惑していると、またヨーゼフとシャオユウが冷えた視線を送ってくる。

どうやらベネットの注目を集めることをやっかまれているらしい。

アボサムは一言も話さないし、オズも話すだけ話したら目を瞑って眠りだした。


本当に。

やって行けるのだろうか、このメンバーで。

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