旅立ち編 第3節 新たな土地へ
ラピスを離れて、ロンドの空港に行く。
指定されていた待ち合わせ場所はこのへんだ。
「どこに居るんだろ……」
「ラズベリー、こっちだよ」
不意に、どこからかベネットの声がする。
しかし目を向けても、そこに彼の姿はなかった。
何だかくたびれた老人が一人、近くのベンチに座っているだけだ。
ベネットの姿を探してキョロキョロしていると、老人に服を引っ張られた。
「どこ見てるんだい」
「うぇ……!? ベネット!?」
なんと目の前にいる老人はベネットだった。
どう見ても近所に住んでる老人にしか見えない。
よく見ると、ザザッとノイズのようなものが入ることに気がつく。
これも彼が見せている偽の姿らしい。
「時間ぴったりだね」
「そりゃもちろん……っていうか、ベネットがわざわざ迎えに来てくれたんですか? てっきり魔法協会の人がいるものかと」
「一応、巻き込んだ側としては責任を取りたくてね。これでもそれなりに気を使ってるんだよ。それに僕が迎えに行くのか一番効率が良い」
「そりゃあ……どうも?」
「それじゃあ行こうか」
いまいち言葉の真意が掴めず首を傾げる。
しかしベネットはそんな私のことは気にせず、老人らしからぬ足取りで空港の奥へと歩き始めた。
搭乗口が遠ざかっていく。
「あのー、搭乗口過ぎてますけど……」
「良いんだ。今回の移動に飛行機は使わない」
「えっ?」
ベネットの後を追って歩く。
すると、ベネットは空港の奥にある、小さな窓口に声を掛けた。
関係者の通用口にも見えるけど、何の場所だろう。
不思議に思っていると、「おいで」と手招きされる。
そのまま誘われるように、ゲートの奥へと入った。
「えっと、これって何の入り口なんです?」
「すぐに分かるさ。この先は魔法協会が管理しているんだ」
「魔法協会が……?」
「もっとも、協会の許可がないと使わしてもらえないけれどね」
狭くて薄暗い通路をしばらく歩くと、やがて小部屋へとたどり着いた。
仄かな明かりが漏れ出している。
「これは……魔法陣?」
そこにあったのは、大きな魔法陣だった。
大の大人が十数人は入れそうな巨大なサイズの魔法陣が、地面に描かれている。
描かれた魔法陣は仄かな光を発し、魔力反応が生じているのがわかった。
「転移の魔法陣だよ。見るのは初めてかい?」
「いや……どうだったかな」
確か昨年末の魔法式典に参加した際、似たような陣をソフィが描いていたような気がする。
「便利な魔術でね。同じ陣が描かれた場所にすぐに移動出来るんだ。魔法協会に絡んだ仕事の場合だけ、一部の魔導師に使用許可が降りる」
「そんな便利なら普段から使わせてくれたら良いのに……」
「それなりの魔術の経験と、知識が要る。本来は専門家を一人つけるくらいだからね。中途半端な魔導師が使うと、そのまま異界に飲まれる可能性があるんだ。気軽に使えるものじゃない」
「めっちゃ怖いやん……」
安全性もそうだが、航空関係の就職面の問題や、技術的な問題など、色々と実用化には課題があるそうだ。
以前ソフィが同じような陣を使っていたが、実はそんな気軽なものでもなかったらしい。
あの天才魔女は、何でも簡単そうにこなしてしまうから困る。
「それじゃあ飛ぶよ、ラズベリー」
「えっ? あ、ちょっとまだ心の準備が――」
言っている間に、ベネットは魔法を発動してしまった。
陣から光が溢れ、視界が包まれる。
しばらく沈黙があった。
恐る恐る目を開くと、また同じ形の魔法陣が目に入ってきた。
似たような空間だが、別の場所だということは何となく分かる。
「着いたよ」
「はい……」
「意外とリアクションが地味だね?」
「いや、以前も同じようなことがあったんで……」
「そっか、それは残念だな。君の驚く姿が見たかったのに」
「人を見世物扱いしないでいただきたい」
また長い廊下を抜け、外に出る。
その先にある光景は全く違うものだった。
「おわぁ……」
大きく広々としていたロンドの空港とは異なる、エスニックな雰囲気の場所に私達はいた。
空港の職員も、西欧人じゃない。
アジア……それも、中東地方の顔立ちをしていた。
場所も、人種も、空気も、何もかもが違う。
全く違う国に、自分が立っているのがわかった。
「すごい……」
「南アジアに僕たちはいるんだ」
「南アジア!?」
そんな長距離をあの一瞬で移動したのか。
魔法の可能性は、やはり計り知れない。
「ラズベリー、まずは入国手続きをしよう。魔法協会の特殊ビザをもらう」
「あい」
どうやら転移魔法陣を使う場合は、煩わしい入国審査や搭乗手続きはしなくて良いらしい。
しかし、魔法協会の特殊な許可証がなければ、ただの不法入国者になってしまうようだ。
魔法協会という組織の力は、そこらかしこで垣間見える。
こんなイレギュラーが認められるほど、魔法協会の影響は大きいのだ。
ベネットが居るおかげか、想像以上に早く入国手続きを通過することが出来た。
世界最高の魔導師が居ると、何でも許されそうだ。
「それで、私たちどこに向かうんです?」
「魔法協会のプロジェクトチームと合流する。計二十名の派遣チームだ」
「派遣チーム……」
確か将来有望な人たちが参加しているんだっけ。
偉い学者とか、専門家とか、魔導師なんかがいるんだろう。
そんな場所に自分が参加してよいのだろうか。
何だか緊張する。
「おい、お前……」
不意に肩を掴まれ、ぎくりと体がこわばった。
何だ? 海外の洗礼か!?
私が身構えながら振り返ると、「何やってんだ?」と目の前の男が呆れた顔をした。
「あっ……」
七賢人の一人、『生命の賢者』ことジャック・ルッソがそこに立っていた。
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