旅立ち編 第2節 私の愛した人たち

こんな朝早くに来客なんて誰だろう。


「はーい、ただいまー!」


私が玄関の扉を開くと、見知った顔がそこにあった。


「あ、はは……メグ、来ちゃった」

「あれ? フィーネじゃん。どったの? こんな朝早くから」

「長期の旅に出るって連絡くれたじゃん。それで……」

「もしかして見送りに来てくれたの?」


私が尋ねると、フィーネは真っ赤な顔をして頷く。

何だこの可愛い生き物は。

私が男だったら、その場で駆け落ちをキメていたことだろう。


「そっかぁ、ありがとね。私もしばらくフィーネに会えないのは気がかりだったから、会いに来てくれて嬉しいよ」

「メグぅ……」

「わかるよ、泣いちゃうよね。なにせ希望の象徴、街のアイドル、全人類の憧れの的である大親友の私がいなくなっちゃうんだもん。寂しさで死ぬなよ?」

「寂しくなくなってきた……」


ズズッとフィーネは鼻水をすする。

大きな目が潤んでいて、今に泣きそうだ。


「大丈夫。ちゃんと帰ってくるよ。ほんで面白い土産話、たくさん聞かせてあげる」

「うん……楽しみにしてる」

「あっ! 居た! パパ! お姉ちゃん居たよ!」

「本当だ。おーい、メグちゃん!」


不意にフィーネの背後から聞き覚えのある声がした。

見ると、ヘンディさんとアンナちゃん親子が立っていた。


「ヘンディさん、アンナちゃん! 何々? 皆どうしたの?」

「私が呼んだんだよ。お前のこと見送りたいだろうからね」


背後からお師匠様が声を出す。

一体いつの間にそんな仕込みをしたのだ。


「お姉ちゃん! たくさん世界を巡るんでしょ?」

「うん、そだよ」


すると「ファウスト様から聞いたよ」とヘンディさんが声を出す。


「魔法協会からの依頼だってね」

「偶然知り合った七賢人が推薦してくれてさ。だからしばらく薬の配達も出来なくなっちゃうんだー」

「一時的とはいえ、寂しくなるね」


私がニッと笑うと、へンディさんとアンナちゃんは顔を見合わせて、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「私、お姉ちゃんのおかげで桜を見ることが出来たよ!」

「桜って……あっ! 精霊樹のこと?」

「この間二人で見てきたんだ。メグちゃんのおかげで、アンナに本当の桜を見せることが出来たよ」

「お姉ちゃん、もう大魔導師だね」

「まだまだ! 私がすごくなるのはこれからなんだから! ますます成長してくるから、期待して待っててよ!」


私が息巻いていると、今度はどこか遠方から「おーい、メグちゃーん!」と声が聞こえてきた。

またか、次はなんだ? 今日は客が多いな。


そう思い、目を向けてギョッとする。


市長のカーターさんが、何十人ものラピスの街の人たちを連れて歩いていたのだから。

パン屋のオネット一家に、市場の皆、時計屋のおじさんに、肉屋のおばちゃん、ウーフくんとマリーさん。

ざっと見ただけで、少なくとも五十人以上は居るんじゃないだろうか。

誰も彼も、見覚えのある人達ばかりだった。


「街の皆さんをお連れしましたよ。皆、メグちゃんを見送りたいそうです」

「街のって……ちょっと仰々しすぎない? だって半年くらい出かけるだけだよ?」

「それだけ、街の人たちにとってお前が大きな存在だってことだ」


いつの間にか、私の荷物を手にしてお師匠様がすぐ側に立っていた。

お師匠様の両肩には、シロフクロウとカーバンクルもいる。

私が荷物をお師匠様から受け取ると、二匹の使い魔も私の肩へと移動した。


「メグ、旅立ちの時だ」

「はい」

「私もじきに魔法協会本部に缶詰になる。お前も旅の終わりには、派遣グループと共に魔法協会本部に顔を出すことになるからね。その時、また会うことが出来るだろう」

「……お師匠様、もし無事に全てが終わったら、その時は色々聞かせてください。お師匠様と、エルドラ姉さんのこと」

「あぁ、約束しよう」


お師匠様は、何故かとても悲しげな表情をしていた。

しばらく離れるから寂しがっているのだろうかと思った。

でも、そうじゃない。


その瞳には、もっともっと深い感情がこもっている気がした。

まるで、今生の別れの時のような……深い慈しみと、悲しみが。


するとその時。

お師匠様が、私の体をぐっと抱きしめた。

最初は驚いたけれど、やがて私もお師匠様の背中に手を回し、その感触を確かめる。


「いつも胸に希望を抱きな、メグ・ラズベリー」

「……はい」


私が歩き出すと、見送りに来てくれた皆が大きな声援を掛けてくれた。


「メグ姉! 帰ったらまた寄ってよ!」

「メグちゃん、どうか無事にね!」

「応援してます!」

「また君が戻ってくるのを待ってるよ」

「頑張れよぉ! 魔女っ娘!」


皆好き勝手言いやがる。

でも、今はそんな皆のことが、とても愛しい。

私は何度も何度も手を振った。


「じゃあねー! 行ってきまーす!」


私の旅は、ここから始まるんだ。

自分のルーツを辿り、そして涙を集めるための、長い長い旅が。

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