第9節 一流の魔女

こうして私の精密検査が始まった。

何かとんでもない治験でもされるのかと思ったが、なんてことはない。

ただのCTスキャンである。


「骨が折れてるな」

「ホント、キレイに折れてる」

「ほっほっほ、折れとるのう」

「んなもん見たら分かるわ」


世界有数の医学権威者共が揃いも揃ってでくの坊みたいな発言しかしない。


「もう少し何か言うことはないのかね? 例えば私の知られざる能力とか、覚醒して最強になっちゃうみたいな」

「骨の検査でそんなこと分かるかよ。まぁ、複雑な折れ方はしてないから、俺の魔法治療と祈の薬で治癒効果を高めればすぐ治るだろ」

「気になってたけど、骨折ってそんなすぐ治せるの?」


私が疑問に思っていると「大丈夫じゃ」と院長が答えた。


「ホッホッホ、ジャックの魔法は肉体の回復力を高めるからのう。全治半年の複雑骨折を、一ヶ月で完治させたこともあるくらいじゃ」

「へぇー、すんご」

「メグ、あんた感謝しなさいよ。生命の賢者と英知の魔女の治療なんて、本来はどこかの国の要人でもなきゃ受けられないんだから」

「つまり私は要人だった……?」

「違う」


レントゲン画像を何となく眺めていると「次はこっちだ」とジャックが車椅子に座らせてきた。


「怪我は大したことないことがわかったから、魔法医療棟行くぞ」

「えぇ? 忙しないなぁ。次は何なの?」

「魔力の検査だ」

「魔力の検査……?」


私が驚いて祈さんを見ると、祈さんは静かに頷いた。


「呪いのこと、何か分かるかもね」


するとジャックと院長が怪訝な顔をする。


「呪い? こいつ、何か呪いでも掛かってんのか。まぁ掛かっててもおかしくないとは思ってたが」

「それ以上はいけない」

「メグ、まだ呪いのこと、ジャックに話してないの?」

「何かタイミングつかめなくて……」

「それはもしかして、魔力汚染の後遺症かのう?」


院長が心配そうな顔で尋ねる。

その言葉に、何だかハッとした。

考えてみれば、魔力汚染の後遺症である可能性は十分考えられる。


十八歳で死ぬ呪い。

お師匠様は、その呪いを「病気のようなもの」と言っていた。

私が幼い頃、魔力汚染で生死の境にいたのだとしたら。

その時生まれた魔力の変異が、呪いとして形になったのかもしれない。


「魔力汚染の後遺症……なのかな」

「後遺症なら検査すれば分かるかもしれん。とにかくまずは調べるぞ」

「うん……」


心臓がドキドキしている。

緊張しているのがわかった。


魔法医療棟は、魔法を用いた治療を行っている場所だそうだ。

こうした魔法医療の施設を用意している病院はめったにない。

それは魔法医療を専門とする魔導師が、この世に数えるほどしかいないためだ。


「ここでは魔力汚染の影響や、魔力の変質もある程度調べられる」

「ある程度? 完全にじゃなくて?」

「魔法医療っていうのはまだまだ発展途上でな。魔力が原因の病気は特定が難しいんだ。完全じゃねぇ」

「それが呪いという曖昧模糊あいまいもこなものじゃと、ますます特定は難しいじゃろうなぁ」

「でも、お前がもし何らかの呪いを受けていて、それが体に害を与えてるって言うなら、何か異変が生じてる可能性は十分ある。調べて損はねぇはずだ」

「わかった」


採血をしたあと、今度は先程とは別のCTで全身をスキャンされる。

これは体内の魔力に働きかけるものらしい。

スキャンされている間、体がビリビリする感覚がした。


それを終えたら、診察室で簡単な魔法テストをする。


「このガラスケースの中に酸素が入ってる。その元素に働きかけて詠唱で火を起こしてみろ」

「えっ? うん。我が声語り 理に働きかけ 因子の震え 刻み 生み出せ 炎を燃やせ」


すると『ボンッ!』ととんでもない音と共に炎が爆ぜ、机の上のガラスケースが跳ねるのがわかった。

思わぬ威力に全員が身を仰け反る。

膝の上で寝てたカーバンクルも飛び起きた。


「バカ! 強すぎだ! 詠唱コントロールも出来ねぇのか!」

「強化ガラスじゃなかったら割れてたわね。危なかった」

「何で? 普段通りやっただけなのに……」

「詠唱が長いんじゃない?」

「長い……?」


祈さんの言葉に首を傾げた。

そんなことはないはずだ。


「メグ、あんた何節で魔法発動出来んの?」

「前やった時は六節でした……」

「六節でこれなら、もっと弱くてもいいわね。一節でやってみなさい」

「んな無茶な……」


もし一節で魔法を発動させられようものなら。

そんなもん、そりゃとんでもないですよ。

私はもう一度、ガラスケースに手をかざし、唱える。


「炎を燃やせ」


その時。


ボッ


そんな音と共に、目の前のガラスケースに炎が生まれるのがわかった。

それは私にとって、信じられない光景だった。


「うそ……」

「一節か。なかなかやるじゃねぇか。メグ・ラズベリー」

「一節で魔法を発動なんて、相当修練を積んだ魔女でも難しいのに。メグ、あんた成長したわね」


私の驚きをよそに、ジャックと祈さんが感心したように頷く。


「ありえないですよ。だって私、ついこの間六節に短縮したばっかで。そもそも、半年前は十二節の呪文に魔法陣も加えないと何も出来なくて……」


魔法の工程を一つ短縮するには十年以上の修行が必要と言われている。

なのに、たった半年で私は、十一節の呪文と、魔法陣の工程すらも短縮したことになる。

実に百二十年分に値する成果だ。

天才魔女ソフィじゃあるまいし、そんなこと出来るのか。

天才? そうか、天才だったのか。


「私、自分の才能が怖い……」

「またなんか言ってるわ」

「バカはすぐに図に乗る」

「なにおう」


じゃあ一体何だって言うんだ。

やっぱり呪いの影響や、魔力汚染の後遺症が関係しているのだろか。

疑問に思っていると「才能か……」とジャックが呟いた。


「ま、確かに才能かもしれねぇな」

「どういうこと?」

「お前、今朝言ってたろ。朝起きて飯作って勉強して、常に絶え間なく何かやってるってな」

「確かに言ったような気がするけど、それが?」

「ファウストを始めとする七賢人の技を見て学び、自主的に魔法の研究を勧め、実践で魔法を使い……そんな日々をずっと続けてきた結果だっつってんだ」

「休みもなくずっと努力し続けられる人間なんて普通はいない。でも、あんたはそれをしてた。その歯車が、今になって噛合い始めたって感じなんでしょ」

「ど、努力……?」


私が怪訝な顔をしていると、祈さんとジャックが顔を見合わせた。


「まさかこの子、努力を努力と思ってないタイプ?」

「ファウストのせいで朝起きてから寝るまで仕事と勉強を絶え間なくするのが当たり前になってんのか……どんな教育してんだあいつは」

「人は地獄にいるとこうなるのかもしれないわね……」

「あの、褒めてるのかけなしてるのかどっちかにしていただきたいのだが」


げんなりした顔をする二人を睨んでいると、ジャックが気を取り直したようにため息をついた。


「とにかく、お前はもう見習いのレベルじゃねぇ。その気になれば、すぐ独り立ち出来るだろうよ」

「本当に?」

「本当よ」


祈さんは、私の顔を見て笑みを浮かべた。


「あんた、もう一流の魔女を名乗ってもいいのよ、メグ」


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