第4節 魔女の鐘

結局、一通り話終えても生命の賢者は戻ってこなかった。

祈さんと院長はこの後、新薬開発の会議を控えているそうだ。

名目上、祈さんの助手としてここに居るのだが、流石に会議に参加するわけにはいかない。

必然的に別行動を余儀なくされる。


「街を見て回るって、あんた本気? 一人で大丈夫なの?」

「病室なら別途用意するがのう」

「これくらい余裕ですって。いつもこの状態で家事やってんですから」

「怪我人に家事させるってあんたの師匠どうなってんのよ……」


げんなりする祈さんをよそに、院長は一枚のメモを手渡してきた。


「なんすかこれ?」

「あやつの家の住所じゃよ。街を見て回るなら、寄ってみるが良いじゃろう。寝とるかもしれんからのう」

「仕事サボって寝てんの……?」


どういう勤務体系なんだろうか。

とは言え、あまり深くは気にせず、私は二人と別れた。


病院を出ると、潮風の匂いがつんと鼻をついてくる。

海からは随分距離があるはずだが、街中に渡された水路が港町を実感させた。


「あぁ、日差しが温いなぁ」


先程の時計塔のある広場に来て、私は太陽の暖かさを全身で感じた。

空を見上げると、あの魔鐘が視界に入ってくる。


「それにしても、馬鹿でっけー鐘」

「失礼なこと言ってはイカン」


不意に近くの老人が声を掛けてくる。

何だこのじいさん。


「あれは偉大な魔女の鐘じゃ。無礼は許さんぞ」

「魔女の鐘? 女神じゃないの?」

「昔アクアマリンはとても災害が多い街じゃった。そこで、偉大な魔女が生み出したのが、この祝福の鐘じゃ。祝福の鐘に魔法を込め、大規模な津波や地震が来た際に鐘を鳴らせば、街を守る結界が生まれる。そうやって、何度もこの街を救ってきたんじゃ」

「へぇ、そうなんだ」


だから魔鐘というのか。

何となく合点がいく。


「偉大な魔女はいつしか女神と呼ばれるようになり、祝福の鐘もまた女神の鐘と呼ばれるようになった」

「じゃあ今も災害があったら、あの鐘を鳴らすの?」


しかし老人は首を振った。


「何千年も経ち、もう精霊が居なくなっとる。鳴らそうとしてもくすんだ音しか鳴らん」

「修復出来ないの?」

「無理じゃよ。何せ伝説の魔女が作った魔法じゃからのう。これまで何人もの魔導師が修繕を試みたが、とうとう叶わんかった。今ではアクアの街のシンボルじゃ」

「ふーん。もったいないなぁ」


街の人々から親しまれるシンボル、か。

なんだかラピスの街の精霊樹みたいだ。


もし、ここに天才魔導師ソフィがいれば。

鐘の修正をすることも出来たのだろうか。


いや、無理か。

あれだけ素晴らしい鐘だ。

今まで七賢人に依頼されていないはずがない。

それで無理ということは、本当に無理なのだろう。


そんな事を考えていると、不意にクイクイッと誰かが私の袖を引いた。

不思議に思い、目をやる。


見覚えのある小さな女の子が立っていた。

女の子は私の顔を見ると、パッと花を咲かせるように笑みを浮かべる。


「やっぱり! メグちゃんだ! ママー! メグちゃんがいる!」」


少女が近くにいた母親らしき人を呼ぶと、母親は驚いたように口を手で抑えた。


「嘘……? メグさん? どうしてここに?」


その顔を、私はよく覚えている。

ラピスの街に居た母娘のメアリとジルさん。

かつて悪魔の生贄に捧げられた二人との再会だった。




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