第9節 二人のクロエ

魔法式典の挨拶は何事もなく終わった。

場内は、まるで禁が解けたかのように喧騒が戻っている。

さっきまでの奇妙な体験と、衝撃的な魔法協会の発表。

この場に居る皆が、驚きをあらわにしていた。


ただ私だけが呆然と、状況を飲み込めず立ち尽くしている。


魔法協会の発表は、言わばこの星の未来を左右するような一大プロジェクトだ。

それだけに疑問も多い。


魔力の流れを根源的に操作することは、この世の理を意のままにしようとする行為なわけで。

見方を変えれば、それは神に近づこうとする行為と言うか、生命を創造するのにも似た非人道的な行いにも見えるだろう。


私の知っているお師匠様は、そんなことを好まないはずだ。

なのに、お師匠様はこのプロジェクトに加わると言う。


そして、何より。


そんな話、私は今まで聞かされたことも無かった。


「とんでもない話じゃったのう」


少女がいつの間にかそばに立っていた。

どこか不機嫌そうな顔つきをしている。


「魔力を操る一大プロジェクト、か。気に食わんのう。しかもあろうことか、あの災厄の魔女が関わっとると来たもんじゃ」


「どうして魔法協会はあの二人を選んだんだろう……」


「実力じゃろう。『始まりの賢者ベネット』『永年の魔女ファウスト』『災厄の魔女エルドラ』。この三人は間違いなくこの世の魔導師の中でも別格の存在じゃ。大方、ベネットには断られて、あの二人に話が行ったというところじゃろ」


「でも、あんな計画に参加するなんて」


「何か裏があるのかもしれんのう。特にエルドラ、あやつだけは信じられん」


「エルドラって言えば、会場の雰囲気も異様だったよね。誰も声を出さないし。エルドラが何かしているのは分かったんだけど」


「認識阻害じゃよ」


「認識阻害?」


「エルドラはカメラに映らぬよう、自らに特殊な魔法を掛けておるんじゃ。さっきのはそれに加えて、不要な音を消す効果を付与していた。一種の呪いじゃ」


「そんなこと出来るんだ……」


だからエルドラはほとんどメディアに出ないのか。

改めて七賢人のすごさを感じる。


別格の存在、魔女エルドラ。

彼女は、明らかに私の呪いについて何か知っているようだった。


まだ心の整理はついていないけれど、今日は思わぬ収穫だ。

詳しい事情は後でお師匠様から聞くとして、今後お師匠様とエルドラが一緒に仕事をするのなら、私にも話すチャンスくらいはあるかも知れない。


もし、彼女の知恵を借りることが出来れば。

私の呪いを解く方法について、何かわかるかも知れない。


私が思案していると、「ちょっとメグ!」と不意に声を掛けられた。

振り返ると、肩に白いフクロウを乗せた見覚えのある美人が一人。


「祈さん!」


「あんたどこ行ってたのよ。探したんだからね」


「そりゃあこっちのセリフですよ!」


「何で待ち合わせ場所にいないのよ。はぐれた時の鉄則でしょ。電話にも出ないし」


「あ、携帯置きっぱなしだ」


魔法の式典に赴くのに、科学装置を持っていくという発想は我ながらなかった。

そもそも、海外に飛んで高額な通信費を取られたらどうしてくれるのだ。


「だー! 何故私は七賢人の弟子なのに、そんな庶民的な心配をしてまうのか!」


「何一人で騒いでんのよ」


「こっちの話です。それにしても、この人混みの中よく見つけられましたね」


すると祈さんは「この子が見つけてくれたのよ」とシロフクロウを撫でた。

撫でられたシロフクロウは、心から嬉しそうに頭を預けている。

同じ英知を持つものとして共感しているのだろうか。


片や少女に懐くカーバンクル。

片や祈さんに懐くシロフクロウ。


「一人にしないで!」


思わず叫んだ。


「そう言やソフィはどこです?」


「何かセレモニーに華が欲しいからって。さっき会長が連れて行っちゃったわよ」


「えぇ……? せっかくオフなのに」


「七賢人に休みはないのよ。魔法協会オーナー絡みとなると余計にね」


「人間、こうもこき使われたら終わりですね」


「英国の片田舎で老婆に一日中こき使われてるあんたがそれ言うの……?」


祈さんは呆れたように言う。

そんな彼女に、私は尋ねた。


「祈さん、さっきの魔法協会の話は聞きました?」


「聞いたし初耳だわよ。まったく、目茶苦茶な話ね。星の魔力を操作しようなんて。相変わらずあのじいさん、一本ネジが外れてるっていうか……」


そこで、ふと祈さんは少女に視線を向け、言葉を止めた。


「あれ? もしかしてあんた――」


すると「あー! 居た!」と場内を貫くような叫び声が響き渡った。

ビックリして辺りを見ると、一人の女性がコチラに向かって走ってくる。

どこかで見覚えのある、母性的な美人。


「クロエ様!」


女性はこちらに駆けつけるや否や、私の背後に隠れていた少女をがっしりと抱きしめた。


「どこ行ってたんですかぁ! 誘拐されたんじゃないかって心配してたんですからぁ! 私ぃ、私ぃ!」


「ええい、わかった! わかったから離さんかぁ!」


「クロエ……?」


そこで、私の脳裏に今朝の記憶がフラッシュバックする。


「思い出した! この女の人、『言の葉の魔女』クロエじゃん!」


私が声を出すと「ふぇぇ……?」と間抜け面で女性がこちらを見る。

うん? でも待てよ?


「クロエがこの子のことを“クロエ様”って、どゆこと? クロエがクロエにクロエと呼んでいた? 二人はクロエ、つまりクロエはユニットでありアイドルユニット……?」


「落ち着きなさい」


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