第7節 災厄の魔女エルドラ
いよいよ人混みがすごくなってきた。
油断するとすぐに飲み込まれてしまいそうだ。
「メグぅ、どこじゃあ、人混みがすごいんじゃあ……」
「ほらこっち! 手ぇ出して!」
「うむむう、うむむう、わしの手を離すでない! メグ!」
人混みを縫うようにして進み、ようやく開けた場所へたどり着く。
「やっと抜けたよ……って何だここ」
私達が立っていたのは、大きな広場を囲う人々の最前列だった。
目の前には見えない壁のようなものがあり、これ以上進めない。
どうやら仕切りのようだ。
すると不意に花火が空へ上がり、歓声が沸き起こった。
何事かと思っていると、広間の中央に三名の人が姿を見せる。
老婆と、女性と、そして白ひげを携えた恰幅の良いおじいさんが一人。
よく見ると老婆はお師匠様だった。
「お師匠様、何であんなとこに……?」
不思議に思ったが、私はそれよりももう一人の女性に視線を奪われた。
何故なら、先程の黒い服の女性だったからだ。
「あの黒い人……」
「七賢人の一人エルドラ。この世を破滅へ導く『災厄の魔女』じゃ」
少女は、いつになく真面目な顔でそう言った。
災厄の魔女。
その名前は知っている。
この世を終わらせる力を持ち、かつて起こった大規模な戦争のいくつかに、彼女の介入が認められたと言う、凄まじい経歴の魔女だ。
その圧倒的な力に鎖をつけるべく魔法協会は七賢人の席を渡したのではないか、とテレビで魔法評論家が言っていたのを覚えている。
話には聞いたことがあったが、災厄の魔女の姿を見るのは、これが初めてだ。
だからさっきぶつかった時も気づけなかった。
「なんで『災厄の魔女』が、こんなおめでたい式典にいるのさ……?」
「ああ見えても七賢人の一人じゃ。七賢人は魔法協会所属じゃからのう。協会主催のイベントに居るのは別段不思議なことではない」
「でも、エルドラって全然大それたイベントに出てくる印象がないんだけど」
「普段はな。でも今日は魔法協会が主催のイベントじゃ。あそこに立たされたのも、魔法協会側の事情じゃろう。あそこの真ん中に立つのは魔法協会の会長じゃ。身辺警護と称して『永年の魔女』と『災厄の魔女』を観衆の前に立たせることで、協会の権威を示す狙いじゃろう」
「うはっ、政治だなぁ」
七賢人が世界最高の魔導師達だとしたら、魔法協会は全ての魔法を管理する組織だ。
魔法の発展や理解を広げる為に従事し、七賢人という名の称号も魔法協会が認定している。
いろんな企業と提携して技術発展に貢献したり、各国の自治体を支援したり、ソフィのような特別な事情を持つ子供の育成にも尽力するなど、社会貢献的な活動も行っているのだそうだ。
そしてどうやら、あの中央に立っているおじいさんは、その頂点に立つ人らしい。
「今回の式典は魔法協会が様々なスポンサーを募って主催しておるからのう。なおさら、協会の力を示しておきたかったんじゃ」
この華やかな空間の中にも、大人の事情が蠢いているわけだ。
「でもこんなに沢山の記者の前に立たせて良いの? だってエルドラって、今まで新聞はおろか、テレビで放映されているのすら見たことないよ? 報道されてないのって、何か事情があるんでしょ?」
「見てれば分かる」
「どゆこと?」
私が首を傾げていると、魔法協会会長がスピーチを始めだした。
「えー、皆様。本日は記念すべき魔法式典へお集まりいただき、ありがとうございます。魔法協会発足から間もなく五百年。今年もこの聖地に、安定した魔力が流れてくれていることを心より嬉しく思います」
会長のスピーチの合わせるように、記者たちがカメラを向ける。
しかし不思議なことに、一切のフラッシュもシャッター音も鳴り響かない。
スピーチ中はマナーを守っているのだろうか。
そう思ったが、どうも違うようだった。
なぜなら、記者やテレビクルーの表情が、明らかに陰っていたから。
おかしいな、どうなってる?
そんなざわめきが聞こえる。
どうやら機材が正常に機能していないらしい。
すると、チリン、と。
不意に、どこからか鈴の音がした。
同時に、場内のざわめきが一気に止んでいく。
エルドラが、記者たちに向けてそっと人差し指を口の前に立てていた。
シィーッと言うジェスチャーに合わせるように、人々は話すのを止める。
何らかの魔力コントロールが行われているのがわかるが、それが何かわからない。
これだけ沢山のマスコミが居るのに、誰も取材をしようとしていない。
私はその時、先ほどの少女の言葉の意味がわかった気がした。
写真を撮らないんじゃない。
撮れないんだ。
それが、魔女エルドラの力。
異質な空間だ、と思った。
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