第2節 残されるということ
フレアばあさんは死ぬ。
それも、そう遠くない未来に。
まだ確定した訳ではない。
けれど、過去に例外はなかった。
黒い霧をまとった人は、全員必ず死ぬ。
どうしたら良いのか、私は。
ヘンディさんの家に行ってから、ずっとそのことを考えていた。
「――メグ、メグ! メグ・ラズベリー!」
「ふえ?」
声をかけられてハッとした。
机を挟んだ向こう側、スパゲティの皿を前に、お師匠様が険しい顔をしている。
「ボーッとしてるんじゃない。シャキっとしな。食事中だよ」
「すんまへん」
やれやれと食事を続けるお師匠様を、私は見つめる。
「……お師匠様」
「何だい」
「死神をまとった人は、もう助けられないのかな」
ピタリと、お師匠様は手を止めた。
「お前も過去に見てきただろう。黒い霧をまとった人が、最後にどうなったのか。何をやっても、結末を変えることは出来ない」
その言葉に、ズキリと胸が痛む。
それでも永年の魔女は、まるで諭すように言った。
「運命っていうものがある。定めが来たから、死神をまとうんだ。それは、死神が見えるお前が一番よくわかってるんじゃないのかい」
「でも、もし命の種を生み出せば――「メグ」」
静かにお師匠様は言葉をかぶせる。
「運命は歪めるべきじゃない」
その表情はどこか切実で。
放たれた言葉には、何よりも重みがあるように思えた。
それでも、私はその言葉を受け入れられない。
「お師匠様。私が命の種を飲むのは、運命を歪めることじゃないんでしょうか」
「変えて良い運命と、変えちゃダメな運命が世の中には存在するんだよ」
「んなもん、誰が決めるんすか!」
気がつけば、ダンッ! と机を叩いて私は立ち上がっていた。
息が上がり、声が震える。
感情を上手く抑えることが出来なかった。
突然のことに、辺りに居たお師匠様の使い魔たちが、目を丸くして飛び上がる。
穏やかな食卓に似つかわしくない、殺伐とした雰囲気が室内に満ちた。
「メグ、落ち着きな」
しかし、そんな私にも動じることなく、お師匠様は落ち着いた声を出す。
「
お師匠様はそっと目線を外し、いつになく悲しげな顔をした。
「物事の本筋から目を逸らすんじゃない。間違いは、二度も犯すもんじゃないよ」
永年の魔女に――お師匠様にふさわしくない、弱々しい言葉だった。
間違いは二度も犯すものじゃない。
それは私に、彼女が過去に抱えた痛みを想起させる。
お師匠様は、ただ正論を述べている訳ではない。
きっと、過去に辛い経験をしたのだと言うことが、何となく分かった。
「……すんません」
私が座ると、お師匠様はそっとため息を吐いた。
「死を間近にした人を前にした時、私達残されるものは、残された時間を一緒に過ごして、悔いなく逝けるよう看取って上げなきゃならない。それが役割だ」
「役割……」
「死神は私には見えない。あんただから見ることが出来る。そこにはあんただけに与えられた意味があるんだ。メグ・ラズベリー、あんたにしか出来ないことがね」
「私にしか出来ないこと?」
目の前のミートスパゲティをフォークでグルグルと弄ぶ。
とても食べる気にはなれず、私は立ち上がった。
皿を流しに置き、生ゴミ入れにパスタを捨てる。
静かな食卓に、カチャカチャと陶器の音だけが響いた。
『告知』という言葉が、一瞬だけ思い浮かんだ。
死をフレアばあさんに告げる。
私が今できるのは、それくらいなのかもしれない。
でも、それはまだやりたくない。
「私は、まだ何もやってません」
私はお師匠様を見る。
「フレアばあさんにはたくさんお世話になった。だから、可能性があるならまだあきらめたくない。助けられるなら、助けたい」
「どんな結末になっても、お前は受け入れなきゃならない。やればやるほど……辛い思いをするのはお前だよ」
「そんなの、やってみないとわからない」
その時のお師匠様は、なぜだか優しいような、悲しいような、微妙な表情をしていた。
私は黙って、部屋を出て自室に向かう。
そうだ、行動しよう。
ウジウジするのは私らしくない。
昔から、悩むより先に体が動く方だったじゃないか。
フレアばあさんに残された時間が短いとしても。
出来る間に、出来ることを全てやっておきたい。
二度目は来ないんだから。
「お前達、出発の準備をするよ!」
部屋にやってきた私を見て、使い魔のカーバンクルとシロフクロウが驚いたように目を丸めた。何事、とでも言いたげに。
そんな彼らの顔に向かって、私は堂々と言い放ったのだ。
「今日から私は家出する!」
その言葉を聞いた二匹は立ったまま気絶した。
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