第2節 花とお願い

私はまだ赤子だった頃、両親を事故で失ったらしい。


らしい、というのは両親のことについてあまり記憶がないのだ。なぜ亡くなったのかは知るよしもない。

こちとら赤ちゃんなんだから無茶言うなよ。


孤児になった私を哀れに思い、当時の町長さんが街の魔女であるお師匠様に私を預けてくれたのが、私の魔女道の始まりだった。


いずれにせよ、色々と謎のまま私の人生は幕を閉じようとしている。


「はぁ、残念だ。まだ若くてピチピチなのに」


魔女の家を出た私は河原の土手で寝転んでいた。街と魔女の森の中間にあるこの場所は、自然が豊かで落ち着く。デートスポットでもあるらしく、カップルが時折いちゃついていて忌々しい場所でもあったが、今日は人がいなくて静かだ。


私は空を仰ぐ。青空が美しい色彩を地に落とし、世界を美しく染め上げる。

こんな穏やかで過ごしやすい日に、私は死を知ったのだ。


私が寝転んでいると、カーバンクルが私の顔を覗き込んできた。


お師匠様が呼び出したこの生き物は、フェレットと狐を足して二で割ったような外見をしている。毛並みはみどり色をしており、美しい外見だ。


幻獣らしいが、今は私の使い魔をしている。

しかし頭が良く、時折私より聡明な一面を見せてくる。


私はカーバンクルの顔面を掴むと、そのまま引きずり込んで彼の腹部に顔面を埋めた。生き物の熱が顔面に伝わる。もふもふして心地よい。


「わしゃわしゃしゃしゃ、ウヒヒ、気持ちええのう、ワレ」


私がよだれを垂らしながら全力で愛でてやると、カーバンクルは「ギャインギャイン」と喜ぶ。そう、喜んでいるのだ。決して拒絶されているわけではない。それはもう、絶対に。


「あ、魔法使いのおねーさんだ」


不意に声がして顔を上げると、五歳くらいの小さな少女が私を見つめていた。


私のお師匠様こと『永年の魔女ファウスト』は魔法界でトップクラスの魔女だ。

その関係で、必然的に弟子である私も街では顔が知られるようになった。

こうして見知らぬ街の人に話しかけられることは珍しいことではない。


少女は、私が気づくと嬉しそうに近づいてくる。


「何してるの、こんなところで」

「何って、黄昏たそがれとるのだよ。見て分からんかね」


大学教授みたいな口調で言うと「あはは、おもしろーい」と少女が笑う。

何ワロとんねん。


少女は「可愛いー」とカーバンクルを撫でた。

撫でられたカーバンクルは心地好さそうに目を細める。

私の時と反応が違うね? 君?


「ちみは一人でここまで来たのかね。結構街から距離あるけど」

「うん! ファウスト様にお願いがあってきたの」

「お願い?」

「ママが眠れるように、たくさんのお花をあげて欲しいの」

「ママが眠れる? どゆこと?」

「ママ、今までずっと入院してたんだけどね、やっと病院から出られたの。でもずっと眠ったまま起きないの。パパが今まで頑張ってきたから、これからは休むんだよって。だから、いい匂いのするお花を飾ってあげようと思うの」

「ふーん……」


少女の話を聞いているうちに、私は彼女の母親が長い闘病生活を続けていたこと、ようやく病院を出たこと、そして、もうこの世の人ではないことを知った。


この子は、まだ死を知らないのだ。

だから、母親にお花をあげようと無邪気に言っている。


残された時間は、私にとって何なのだろう。

色々唐突すぎてまだ訳がわからないけれど、私にも出来ることがあるんじゃないだろうか。


「お師匠様は今日忙しいから、お嬢ちゃんのお願いは聞いてもらえないよ」

「そんな……」

「その代わり」


私はニッと笑った。


「お姉ちゃんでよかったら、お願い叶えてあげる」

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