―― 91 ――
水平線。空と海を
車の窓からその景色をのぞいた
「あきらめる……わけにはいかないみたいだね」
「うむ」
いま車を停めてしまえば、完全に夜になってしまう。
……そうなっては、もう手遅れだ。
晋三はふと思い出す。
そのとき聞いた彼女の言葉を――。
『夜になったら変化して、朝になったらまた元の体に戻るのさ』
完全に夜になれば、あの姿に変化した彼女の行動範囲は極端に広くなり、それこそ捜索を断念せざるを得なくなる。それはもはや決定的といえる。つまり、今から日が完全に沈むまでの約十五分が勝負ということになる。彼女の言葉が事実ならば――。
……無理だ。
胸の内に、そんな言葉が浮かび上がる。しかし晋三は、そんなこと百も承知だとでも言うかのように、一向にアクセルを踏む足の力をゆるめない。それは彼が少年の頃からつい最近までずっと抱いてきた疑問や苦悩の解決の糸口が――四〇年間の希望が――この十五分間に、詰まっていたからだ。
この機会を見逃せば、終わりだ……。
一生に二度とないチャンスなのだ。決して取り逃がすわけにはいかん……。
ハンドルを握る手にはすでに、脂っこい汗がにじんでいた。
「智代さん」
「なにさ、あらたまって」
「今日一日ずっと思っているはずだ。ぼくがなぜここまで、あの子に執着するのか」
「ええ」
「きっと君はもう、その答えを知っているんじゃないか」
「そうだね。あなたがここまで真剣になるなんて、娘の名前を考えてたとき以来だもの」
つばを飲み込むほどの間があってから、智代は続けた。
「呪い持ちなんでしょう?」
「――ああ」
晋三は神妙な顔つきでうなずいた。
それから少し行くと、左手にまぶしい光がつのっている場所が見えてきた。
「そうか、今日はカーニバルの日か」
「そうみたいだねえ」
その数秒の会話のうちに、車はカーニバルのそばを通りかかった。通り過ぎていくなか、智代はずっとカーニバルの裏手である、山の側面に接した方向を見つめていた。そして完全に通り過ぎたところで、智代は声を上げた。
「ちょっと待ちな」
「なんだね」
「いいから車停めて」
智代に言われて、晋三は仕方なさそうに車を路肩に停めた。
「もしかして、見つけたのか?」
「ああ、きっとあの子だよ」
「膝まである金髪の女の子か?」
「そう、膝まである金髪の女の子」
「まちがいないね?」
「まちがいない」
晋三は半ば強引に車を切り返すと、猛スピードでカーニバルの駐車場へ向かった。
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