愛死体

杜侍音

愛死体


 好きになった人は全て死んでしまった。


 幼少時の初恋相手、青春を共に過ごしたかった友達、近所にいた吠えることを忘れた老犬。

 そして、自分自身の家族さえも。

 私が好きになった人は全員奇妙な死に方をする。

 凄惨な殺人事件、悲惨な交通事故、誰も止めることが出来なかった自殺行為。


 みんな私に見せつけるかのように眼前で起こる。もうその姿を見たくない。

 私はこの好きという気持ちを封印した。

 こんな気持ちなんて大嫌いだった。

 だから誰かに会わないように、外に出ることなく引き篭もる。情報を遮断するために機器は全て殺しておく。

 ただ穏やかに日々が流れることを祈り、唄を口ずさむ。


 町では噂が立っていた。


「あの子と関わると死んじゃうよ」

「周りにいた人はみんな酷い死に方をするんだって」

「早く死なないかな。あの死神」


 そう噂は流れていたらしいが、部屋という名の箱のおかげで、声が私に直接届くことはない。

 みんながそう望むなら、たった一人で生きていこう。最初からそのつもりだったし。


 しかし、その望みはそう長く続くことはなかった。

 噂を聞きつけた物好きが私の箱を無理やり開ける。


「君が死を呼ぶ死神かい? とても可愛らしい死神だ」


 現れた男は私より少し年上だった。

 そして私よりも背が高い。顔は直接見ないことにした。迷惑だろうから。

 ただ男はそんな気遣いを気にすらせず、名刺を私に見せてからどこかに放り投げると、強引に私を部屋から連れ出した。


「何しに来たんですか」

「僕は君に興味がある。君を好きになりに来たんだ」

「私はあなたのことを好きにはなれないですよ」

「いいさ。僕は色んな人に愛されてここまで生きてきたから。僕も僕が大好きだ。でも君は君を愛することは出来ない。誰かに愛されることもない。だから僕が君を愛してあげる」

「……どうして私を連れ出すの?」

「そうじゃないと君はずっと君の世界にしかいることが出来ないじゃないか。もっと別の世界を見て欲しい。無理矢理連れて行くのは幾分か申し訳ない気持ちがあるよ。幾分かね」


 勝手な人──


 私は彼の手によってなすがままに色々な場所に連れていかれた。

 真っ暗な水族館、閑散としている動物園、誰も知らない植物園、物静かな美術館──


「君が好きになったものは全て死んでしまうのか?」

「そう。人じゃなくても死ぬの。生命あるものなら全て」

「ならここの美術館に飾られた絵のように、物ならどうなんだ?」

「さぁ、知らない。私は好きになることが出来ないんじゃない。好意から逃げ続けているから、もう好きの気持ちなんか忘れちゃった」

「そうなんだ。ますます君に興味が出てきた」

「もう来ないで。私はあなたを好きになることはないわ。自殺願望があるならば、線路にでも飛び込めばいい」

「別に僕のことを好きにならなくていい。愛さなくていい。ただ傍にはいさせて欲しい。君を愛してるかるね」

「……好きにして」


 男は毎日やって来た。

 そしていつも外に連れて行かれる。自然溢れる豊かな場所へ。

 男は飽きることはないのだろうか。何も感情を表さないこの私に。


「君は本当に綺麗だね。銀髪も似合っているよ」


 お世辞の言葉が見た目以外にないのか。


「君は好きという気持ちが分からない、忘れてしまったと言う。それはきっと自分を大切にしていないからじゃないかな。自分を好きになって、初めて誰かを好きになれる。何度も言うが僕は僕が大好きだ」


 そんなことは聞いてない。


「また明日も来るよ。今度はどこに行こうか」


 もう来ないで。


「あ、大丈夫かい? ちょっと山道は急だったかな。どれ、少し足を捻ったみたいだ。無理してここに連れてきてすまない。夜空に一番近いのはこの山だからね。君にこの星空を見せたかった。残りの道は僕が君を背負って降りよう」


 大丈夫だから。


「次はどこに行きたい? 僕が君の願いを叶えてあげるよ」


 もう優しくしないで。


「……君のことを愛している」

「もう私に構わないで……!」


 こんなにも声を荒げたのは、人生で初めてかもしれない。


「……そうか。君を家まで送るよ。君がそう願うなら僕からは会いに行かない。でも、もし君が僕に会いたくなったら僕の元へ来てくれ。僕はそこでずっと待っている」


 私を誰もいない家まで送ると、男もまた誰もいない自身の家に帰っていった。


 一人になると、彼のことを考える。

 どうして彼は私のことをこうも気にかけるのだろうか。

 私のことを本当に怖くないんだろうか。

 本当に私が好きなのだろうか。


──気になる。彼の思想、行動、全てが気になる。

 ふと私は部屋に落ちてた名刺を読み、書かれた住所へと向かった。

 人目も気にせず──そもそも周りは私のことを見ていないし興味がない。

 私だって今は周りに興味はない。

 裸足に刺さる小石さえも気にしない。

 どうしてここまでして私は走ってるのかは分からない。

 ただ私は目の前の疑問が気になるから走っている。きっとそれだけだ。


 彼の家は高層マンションだった。

 フロントで部屋番号のチャイムを鳴らしても返事はない。仕方ないからその場に落ちてた鉢植えでガラスを割った。

 煩い警告音。気にせず彼の部屋へと向かった。

 エレベーターは最上階。待ってられないから階段で行く。

 扉の鍵はかかっていなかった。


 入ってすぐ彼の名を叫んだ。返事はない。

 高まる気持ちを抑えることなくリビングへとすぐに向かう。

 そして私の目の前にあったのは、彼の変死体だった。


 首がない。そういえば彼の顔をまだ知らない。

 仰向けに寝かされた彼の周りには赤い薔薇の花が。たくさん。

 眼前の死はとても美しかった。

 部屋は誰かのバースデーパーティーのように血で赤く飾り付けがされていた。


 机の上には手紙が置いてあった。


『来てくれてありがとう。今日は美味しいプリンを買ったんだ。君はそれを美味しそうに食べてたよね。一緒に食べよう』


「プリンが好きって気づいたんだ。それだけ私を見てくれてた」


『他にも君はたくさん好きなものがあった。君は好きなものがないと言っていたのに、たくさんあった。星空を見に行った時も、君は凄く嬉しそうな顔で夜空を見上げていた。海に行った時も君は裸足になってアッツアツの砂浜を駆けた。君は自然が大好きなんだね』


「私はそれを好きだという気持ちとは思わなかった」


『君が口ずさむ歌も素晴らしかった。今度は隣で、いやみんなの目の前で大声で歌ってもらいたい』


「それは恥ずかしい……」


『──君は君を好きになる権利がある。例えこの手紙が僕の口から語られることがなくとも、』


 そこからの字は血で滲んで読めなかった。その手紙に何かが流れ落ちる。

 涙だ。

 涙は血と溶け合って床へと流れ落ちる。


 壁にもたれかかっている姿見に映る私。

 ボロボロと泣いているのに表情は笑っている。


「そうか、これが好きという、愛してしまうという気持ちだったんだ。だから私はあなたと一緒にいたくなかったんだ。愛してしまうから」


 愛する人には死んでほしくない。

 でも、あなたの死が私にこの気持ちを蘇らせた。


「私はあなたのおかげで思い出すことが出来たみたい。この気持ちを」


 逃げ続けていても、私はまだ人を愛することが出来た。

 目一杯何かを愛そう。例えそれが死を呼ぼうとも、誰かから嫌われたとしてと構わない。

 あなたのおかげで自分のことが少しだけ好きになれるのかもしれない。


 今は私の勝手かもしれないが、愛してしまった彼の死体で横になりたい。

 次は私が傍にいよう。寄り添って共に寝よう。ずっとあなたの隣にいたい。

 私は目を閉じた。朱色の泪を流しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛死体 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ