親愛なる箱庭へ

mirailive05

第1話 まさか、という他はなし

 まさか、という他はない。


 転校してすぐに、交換修学生という制度で期間限定とはいえ再び転校することになるとは。つくづく一つ所に定住できない運命らしいと小楯是こだてまことは内心でぼやいた。


 しかも、行った先は清礼せいれい女子学院という超の文字が付くお嬢様学校。共学ですらないのはさすがに驚いた。


 今目の前には興味と不安がないまぜになった視線をこちらに向けた一年書   ふみ組の女生徒が三十人ほどいる。容貌的に人並みとはいえ、純粋培養のお嬢様方にとっては同年代の男子は珍しいのだろう。とは言えこの目の中で一ヶ月過ごさなければならないというのはいささか気が重い。


 などと考えていたら自己紹介を促された。


英遼えいりょう高校から来ました小楯是です。今日から一ヶ月、よろしくお願いします」


 可もなく不可もなく情報量最低限な挨拶をする。公の場でのトラブルを避ける処世術、もはや習慣といっていい。


 やはり習慣で教室内を観察してしまう。


 注目の視線の中に、少し色の違う目が混ざっていることに気が付いた。


 期待のこもった視線が一つと敵意を持った視線が一つ。そして無関心。


 こちらとしては可もなく不可もなく期間を満了して速やかに撤収したいのだが、さてどうなることか。


「後ほど小楯君には、清礼会せいれいかいに出席していただくわ」


「清礼会とは?」


「学校行事の生徒に関する予定を取り仕切っているところ、他校で言う生徒会みたいなものね」


「そこで何をしろと?」


「男子の視点でここがどう見えるのか、客観的な意見を聞きたいということと、会への協力をお願いしたいの」


(なるほど、妙な制度があると思っていたけどそういうことか……)


 小楯はあることに気がついて一人納得した。


園儀摩浬そのぎまりさん」


「はい」


 期待を込めた視線で小楯を見ていた女生徒が立ち上がった。


「後で彼を清礼会に案内してあげてね」


「わかりました」





 清礼女子学院は一学年一五〇人そこそこ、付属の中等部と合わせても八〇〇人もいない小規模校。


 港に近い高台にあって、そのほとんどの生徒が本部の女子大に進学する。


 カリキュラムは通常の科目のほかに行儀作法や着付け、テーブルマナー、お茶、お花、社交ダンスというように多彩かつ優雅なものも多い。


 緑の多い敷地には小規模な校舎がいくつもあり、そのほとんどは教会などでみられるゴシック様式をモチーフとしてデザインされ、高い尖塔やステンドグラス調の窓など独特の雰囲気を醸し出している。


「小楯さんは帰国子女でいらっしゃるのですか?」


 清礼会のある別棟へ向かいながら、摩浬が話しかけてきた。


「ハイ、デスカラトキドキハツオンガオカシクナルコトハゴリョウショウクダサイ」


「まあ」


 摩浬はお嬢様らしく上品に、でも屈託なく笑った。


「完璧でいらっしゃいます、日本語」


「それは良かった」


 二階の廊下を歩いていると、窓からふと中庭のクスノキの向こうに小さなホールの別棟が見えた。


「海外に関心が?」


「そういう訳では……わたくし清礼女子学院ここしか知らないものですから」


「それは幸運ですね」


「幸運、ですか……?」


「よそに行く必要がなかった。全部初めからあった」


 そう言うと、彼女は意外なことを言われたのかきょとんとした後「そうですね、そうかも知れません。考えてもみませんでした」そう言って再び屈託なく笑った。


「小楯さんはどちらの国にいらしたのですか?」


「おそらく名前を言っても誰も知らないような、中央アジアの小国です」


「どのようなところだったのですか?」


 一瞬、生まれた国のことを思い出して間が開く。でもすぐに「岩山ばかりの内陸国で、あまり豊かなところではなかったですね」と答えた。そして日本語は保護者ではなく現地で付き合いのあった日本人に教わったこと、将来を見越して帰国したこと、などを話しているうちに中庭のすぐ近くまできていた。


「日本はいい。山には緑があり、そこかしこに自然と調和しながら暮らせる街がある」


 中庭に出て、そこに植えられている様々な樹木、花壇を小楯は見渡した。


「この学院もいいところなんでしょうね」





「やはり反対です!」


 清礼会の主要活動の場、一般校舎と特別校舎の間の庭園風の中庭の中にある生徒行事運営の場として割り当てられた小ぶりのホール、そこが通称三清舎。その三清舎全体に響き渡るくらいの声がした。


 清礼会を実質的に取り仕切る二年生の清人せいじん、その三人を前に一人の下級生が訴えていた。


「清らかな女の園である学院に、異物である男子生徒を迎い入れるのはやはり不自然だし無理があると思いますっ」


条前来路じょうぜんこみちさん、その件は決まったはず。何度も蒸し返さないで」


「いいえ、清人の皆様方が翻意くださるまで、何度でも言わせていただきます」


 正真正銘怒っているはずなのに、劇場で演技しているように、その場が華やかに彩られる。天性の華が来路にはあった。


「とは言ってもね、これは学院の、そのさらに上の意向でもあるの」


 理知的だけど女性らしさを失わない絶妙なバランスを体現した女生徒が、正面から受け止めるように答えた。来路を動の華やかさと例えるなら、静の華やかさがあった。その存在感は来路も一歩及ばない。


「そのことなんだけど、やっぱり私も慎重になったほうがいいと思うんだ」


 スラっと背の高い女生徒が割って入った。洗いざらしの色の薄いセミロングに、首に十字架をあしらったチョーカーをつけている。


きょうまで」


 学院二年生主席にして清礼会の頭脳、左宗杜杷子さそうとわこに名前で呼ばれてる三清人の一人、三日守鏡みかもりきょうが続ける。


「思ったより意識しすぎる生徒が多いのよ、特に一年生に」


 そう言うと杜杷子の隣の席から立ち上がって、二人から少し離れてテーブルに寄りかかる。


「このまま動揺が広がり続けると、女史の来校公演に少なからず影響が出るかも」


「そうは言っても時間が限られているのもまた事実。予定は変えられないわ」


「ほかに方法をを模索して……」


 来路があがく。


「どんな? 代案を提示してもらわないと、学校側とも交渉できないわ」


「それは……」


 来路が返答に詰まったとき、コンコンとノックの音がした。白熱していた室内が一瞬沈黙する。


 促されて小楯と摩浬の二人が室内に入ると、一〇人近い女生徒が一斉に小楯のほうを見た。その中には憎悪で焼き尽くさんと睨みつける来路の視線も入っている。


(朝の……うわ、すごく睨まれてる。理不尽だし、えらい災難だなあ……)


 これからが思いやられ、小楯は天井あたりを眺めた。





 今までのやり取りをかい摘んで説明した杜杷子は、下級生の入れた紅茶を勧めながら、小楯に交換修学生という制度に対する意見を求めた。


「という意見が根強いのも事実なの。当事者としてはどう?」


 どうと言われてもなあ。杜杷子の瞳には事態打開につながる意見への期待の色が浮かんでいる。無能と思われても後々面倒か。小楯は一拍おいてから、気がついたものの中から核心に触れるものを選んで言うことにした。


「戦力の逐次投入はいたずらに混乱を長引かせるだけで意味がありません。全戦力をもって決着すべきかと」


 一瞬何を言っているのか分からない空気が三清舎に流れた。でもすぐに「ふふふ」という笑い声がそれを破った。杜杷子だった。


「ぐずぐずやってないで、さっさと共学化しろということ?」


「そんなところです」


 来路がさらに増した憎悪の視線を向ける。


「乱暴すぎない?」「行き成りはいくらなんでも」「心の準備が……」などの意見が飛び交う。そこで鏡がはたと気が付いた。


「ちょっと待って、君どこでそのことを?」


「交換修学生としてここにきて、清礼会に呼ばれたあたりで」


「呼ばれた目的は学校行事への協力ではないと?」


 楽し気に杜杷子が聞く。


「サンプルでしょう、学院の生徒が慣れるための」


 そういって自分自身を指す。


「だからなるべく当たり障りのない生徒が選ばれた」


「自覚はあるのね」


 小楯は苦笑した。


「ふざけないで!!」


 バン! とテーブルを叩いて来路が会話を遮る。


「おちゃらけてる場合じゃないわよ、みんなあなたのせいじゃないっ」


「やめなさい条前さん」


 冷静にたしなめる杜杷子。だけど止まらない。


「男さえ来なければ、あなたさえいなければっ!」


「やめなさい!」


 さらに暴言にエスカレートしそうな来路の雰囲気に、鏡が言葉を強めた。


「条前さん、謝りなさい。先ほどからのあなたの小楯君への態度、目に余ります」


 頭を振って体全体で訴える来路。


「みんななんでわからないの!? 汚らわしい男なんか!」


「あ、条前さんっ」


 感情が爆発してかけ出した来路を追って、摩浬が出ていく。





 興奮して訳が分からなくなって、気が付いたら敷地のはずれの樹木林に来路は飛び込んでいた。ひときわ大きなけやきの前で肩を震わせている。


 男は嫌い、大っ嫌い。私の大切なものを踏みにじる。そのくせそれに気がつかない、気づこうともしない。嫌い、嫌い、嫌い……


 忌まわしい記憶がよみがえりそうになる。

 

「条前さん」


 突然かけられた声に来路は振り返る。その時、どんな表情を浮かべていたのか自分でも分からない。驚き、嫉妬、羞恥、嫌悪、安堵、様々な感情が入り乱れ、心の中をかき回していた。そんな時に、よりにもよって何故彼女が。


 再びかけ出そうとした来路の手を、普段の彼女では想像できないほどの素早さで摩浬がつかんだ。


 ドクンと鼓動が跳ね上がる。


「な、なによ」


 やっとそれだけを、絞り出すように来路は言った。


 摩浬の真剣な表情。無礼な振る舞いをした自分に、温和な彼女でも怒ることはあるのだろう。叱責の言葉に備えて来路は身を固くした。


 ところが、いつまでたっても厳しい言葉は投げかけられなかった。


 やがて摩浬はしばらく考え込むと「うーん、思わず追いかけてしまいました」と言ってほほ笑んだ。


「はあ?」


 来路は一気に力が抜け、しゃがみ込みそうになった。


「それだけ!?」


「でも。追いかけなくてはいけないとも思いました」


 その間、がっちり握った手は離さない。


「何考えてるの、わけが分からないっ」


 摩浬は来路が振り払おうとした手を持ち替えて、今度は両手で握りなおした。


「条前さんはすごい。清人や清徒の皆さんの前で、あれだけはっきりと自分の意見を言えるなんて」


 今度は褒めだした。来路はもう、園儀摩浬というクラスメイトが何が何やらわからなくなった。


「同じように思ってるけど、声に出せない生徒が少なからずいるのは知ってます」


「そうよ、でもそんなこと私は」代弁なんかしていない、私はそんな偽善者じゃない。強硬に受け入れに反対するのは、極めて個人的なことから……


 わずかな後ろめたさからうつむく。


「私も、実は少し男子は苦手」


 ささやくように白状して、再びにこりと笑う。


 来路は少し驚いて顔を上げた。


「な、なら、なんで一緒に反対しないのよ」


「男子側のお話も聞いてみたいと思ったから」


「聞いたところで、幻滅するだけよ」


 悲し気に、来路は言った。


「でも、信じたいなって思ってる」


「なにを?」


「新しい出会いから始まる何かを」


 ふと来路の腕時計が摩浬の目にとまる。四時を過ぎていた。


「戻りましょう。主張は別として筋は通さないと、ね」


「……意見は変えないわよ」


「それでこそ条前さん」そういって、摩浬は三度ほほ笑んだ。そして手を握ったまま走り出す。引っ張られるように、来路も走り出した。



 


「……申し訳ありませんでした」


 来路は三清舎に戻ると、皆の前で深々と頭を下げた。


 それを受けて、今回の件は不問に付すこととなった。


 来路の謝罪で今日のところは収まったらしい。罵倒されたり謝られたり、女子高とはこんなにダイナミックなところだったのか。小楯は知人から聞いていた話とのギャップに頭を抱えたくなった。


 会合が終わり、三清会の生徒たちが部屋を出ていく。


「ところで小楯くん」


 部屋を出ていこうとした小楯に、まだテーブルのところに座っていた杜杷子が声をかけた。


「もしかして、ミリタリー関係にご興味が?」


「え、いえ。ただのゲーム好きです」


「コントローラーではなく金属製のもの、持ってみたくない?」


「何の話ですか?」


「ふふふふふ」


 女子高、まだまだ奥は深そうだ。

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