番外短編 ピジョン・クエスト4
地下のテナントは以前、捜査で潜入した天界ビルとよく似ていた。
通路の両側は壁も扉もぐにゃりと歪み、至る所で何かが渦巻きながら呻いているのだった。
――参ったな。ライブバーの入り口はどこだろう。
私は自分自身が冥気に取り込まれてしまう恐怖に耐えつつ、通路を奥へと進んでいった。
やがて、歪んではいるもののかろうじて『ライブ』と読める黒い扉が目の前に現れた。
私が勇気を出して開けると、もはや飲食店の体をなしていない霊気の吹き溜まりのような世界が目の前に現れた。
――肝心の『立てこもり霊』はどこ?
極彩色のもやが立ち込める店内は、カウンターとテーブルの輪郭がわずかに認められる他は、どこが壁でどこが天井かわからないほどのうねりようだった。
「いきなり襲ってこないでね……敵意は一切、ないんだから」
私はこっそり拝借してきたカロンの『特殊警棒』を握りしめると、そろそろと奥へ足を進めていった。
やがて客席と思しき空間と、その奥に一段高くなったささやかなステージが私の前に姿を現した。
――あの子ね?
私は予想していた「犯人」と、実際に居座っている霊とのイメージの違いに思わず首を傾げた。ステージの上にうずくまっている『立てこもり霊』は、ふっくらとした体つきに気弱そうな目をしたいかにも「子供らしい子供」だったのだ。
――それにしてもなぜ、こんなところに男の子の霊が?
私は「見た目に惑わされては駄目」と自分に言い聞かせつつ、ステージへと歩み寄った。
私がステージまであと一メートルほどの所まで進んだ、その時だった。ふいに『立てこもり霊』が私の方に顔を向け、身じろぎをしたかと思うと一瞬で五倍くらいの大きさの怪物へと姿を変えた。
「――待って!私はなにも……」
私が両手を広げて敵意のないことを示した瞬間「霊」は動きを止め、探るような目で私の顔を覗きこんだ。――が、次の瞬間再び形を変え、目のあたりに男の子の面影を残しつつ異形の怪物へと変貌を遂げた。
『僕にどうして……本当の事を言ってくれないの』
――えっ?なんのこと?
私は霊の哀し気な目を見た瞬間、先ほど一瞬頭を掠めた考えが形になるのを感じた。
――もしかして、あなた!
『僕ももう、わかっているのに!』
霊は訴えるような叫びと共に大きく口を開けると、口の中に炎の塊を育て始めた。私は特殊警棒を取り出すと、炎を吐こうとしている霊の顔に先端を向けた。
――だめだ、間に合わない!
私が邪気の炎に呑みこまれ、亡者にされる自分を思い浮かべたその時だった。私の前に半透明の巨大な「鳩」が出現し、霊の吐く炎を広げた翼で受け止めた。
そう、私を邪悪な亡者たちから守ってくれる「霊」は、ある事件がきっかけで私と一体化した鳩の霊なのだった。
私は攻撃を遮られて呆然としている霊の方を向くと、「待って、あなたに伝えたいことがあるの」と言った。
『伝えたいこと?』
「そうよ。あなたの願いをかなえてあげる。……だから、私を亡者にするのは少し待って」
私が霊の目を見て言うと、周囲の邪霊がすっと一斉に引いてゆくのが見えた。
『……本当?』
「本当よ。私は約束は守るわ」
『……わかった。じゃあここは大きな人たちに返す』
「ありがとう、失敗したらあなたの好きなようにしていいわ」
私は霊に微笑みかけると、邪霊たちに見送られながら出口の方へと向かった。
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