番外短編 ピジョン・クエスト3


 福田と古井に案内されて足を踏みいれた第二現成ビルのエントランスには、邪気の気配は全く感じられなかった。


「テナント表示を見る限り、地下に飲食店はないみたいね」


 私は「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札の下がったチェーンを外してもらい、ビルの地下へと降りて行った。


「こっちの地下には電源室とボイラー室、それに備品庫と設備管理者が常駐する部屋があるだけです」


 ひんやりした空気の中、古井は「電源室」と書かれた扉の前で足を止めるとおもむろに鍵を外した。二つのビルに跨っているという話から開けた途端、邪気が流れだして来るのを覚悟していた私は、中がどうやら普通の空間らしいことほっと胸をなでおろした。


「奥に隣のビルと繋がっている扉があります。ご案内します」


 古井はそう言うと、機械の立てる唸りと煙ったような空気で満たされた空間を先に立って歩き始めた。私が後を追うと古井は言葉通り奥の扉の前で足を止めた。


「この向こうが隣のビルの地下です」


「気をつけて。邪気に入り込まれたら厄介よ」


 古井が半信半疑と言った表情で解錠し、扉を開けたその時だった。


「――うわっ!」


 開いた扉から外気のように勢いよく流れ込んできたのは、大量の邪気だった。


 ――しまった!


 敵意を剥き出しにした邪気は私でなくとも見えるらしく、福田と古井はその場に尻もちをつくと頭を手で押さえがたがたと震え始めた。


「福田さん、古井さん動かないで!」


 私は勝手に持ち出したカロンの警棒を手にすると、カロンがいつもやっているように先端のキャップを外した。


 ――カロンのような冥界の霊力を持っていない私に、これが使えるのだろうか。


 私はグリップについているスイッチのロックを外すと、電源室の中を飛び回っている白っぽい邪霊に特殊警棒の先端を向けた。


「――えいっ」


 私がグリップのボタンを押すと、青白い炎がしゅっと水鉄砲のように弱々しく迸った。


「――ぎいいっ」


 私が放った「業火」を浴びた邪霊は一瞬、ひるんだ様子を見せるとその場で向きを変え扉の向こうに姿を消した。


「だめだ……やっぱり私の力じゃ完全にはやっつけられないわ」


 私は床にへたり込んでいる二人の方を向くと「福田さん、ここからは私一人で行きます。……古井さん、ここの扉をしっかり閉めておいてください」と言った。


「えっ……本気ですか?」


「本気です。少なくともあなた方より私の方が亡者たちの住む世界に近い」


 私がきっぱりと言うと、福田が「……わかった、くれぐれも用心してくれ。やくざの俺が言うのも変だが、命を無駄にしないでくれ」と応じた。


「ありがとう。外で待ってて」


 私は特殊警棒をベルトに収めると、『立てこもり霊』の待つビルの中へと足を踏みいれた。




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