第14話 窓際刑事は毒蛇をハグする


「ペパーランドカンパニー」は、インテリジェンスビルが立ち並ぶ通りの一角にあった。


 柔らかなアールの壁面が美しい細身のビルを見上げながら、俺は「このしゃれたビルにやくざの経営するオフィスなどあるのだろうか」と訝った。


「本当にこの建物なんですか?」


 疑わし気な表情の紗枝に俺は「そう思わせるところが手強いのさ」と、珍しくまっとうな言葉を返した。


 俺たちは静かで衝撃もないエレベーターで六階に上がり、廊下の奥にある「ペパーランドカンパニー」を目指した。会社名を確かめ、無機質なドアを開けると、小奇麗なごく普通のオフィスが目の前に現れた。


「朧川と言います。牛頭原さんにお会いしたいのですが」


 俺が受付の女子社員に告げると、女子社員は「少々お待ちください」と言い置いてフロアの奥に姿を消した。


「見たところ、やくざっぽい人はいませんね」


 沙衣が俺に小声で耳打ちした。


「まあな。このオフィスは奥にある毒蛇の巣をカムフラージュするためのいわば「包装紙」さ。俺たちの目的は奥にいる俺の友達に会うことだ」


 不穏な会話を交わしていると、戻ってきた女子社員が「どうぞこちらへ」と俺たちをフロアの奥へと促した。オフィスを横切って進むと、奥の壁にえんじ色の明らかに雰囲気の異なる扉が現れた。


「牛頭原はこちらにおります。どうぞ」


 言われるまま扉を開けると、十人ほどのスーツに身を包んだ男たちが俺たちを出迎えた。


「珍しいな、カロン。今日はまた、何の用件かな?」


 男たちが両側に控える中、奥の豪華な机を前にした中年男性が言った。


「忙しいところ、邪魔してすまない。実は折り入って聞きたいことがあるんだ」


 俺と沙衣は男たちの間をよどみない足取りで進んでいった。奥の男――獄卒会若頭、牛頭原は紗枝に気づくと細い目を見開いた。


「新米さんも一緒か、ご紹介願えるかな」


「いいとも。うちの新人だ。今、自己紹介させるよ」


 俺は半歩脇にずれると、紗枝に向かって顎をしゃくった。


「三途之署、捜査一係特務班の河原崎沙衣です。はじめまして」


 背筋をピンと伸ばし、毅然とした態度で自己紹介する沙衣を、牛頭原は薄い笑みとともに見据えた。


「さっそくだが牛頭、二年前にうちから連れ去ったホトケについて聞きたい」


「二年前だと?それはまた随分と古い話だな。そんな昔の話を蒸し返してどうする気だ?」


「再捜査が決まってね。調べてみるとどうにも不可解な部分が多い。単に死体を隠したいなら、埋めるなり溶かすなりすればいい。わざわざ警察から死体をかすめとるってことは、死体を欲しがる奴がいたってことだ」


「面白い話だね。少なくとも俺は死体を欲しいなんて思ったことはないぜ」


「だろうな。俺もあんたが死体をコレクションしてるなんて思っちゃいない。死体を所望していた奴はたぶん、他にいるはずだ。俺が知りたいのはどうしてそんなリスクばかりでかい仕事を請け負ったかってことだ」


「カロン、あまりなんでも知りたがるのは感心しないな。……言うだろう、好奇心は猫をも殺すってな」


「俺を脅しても無駄だよ。どうした、牛頭。らしくないじゃないか。獄卒会ともあろうものが、何をそんなに恐れている?」


「お前さんこそ、今日はやけに丁寧じゃないか。俺と心中でもするつもりか?」


 牛頭原の目がすっと細くなり、脇で控えている男たちが緊張するのが感じられた。


「まずはいきさつから聞こうか。荒木丈二の死体の件に、お前さんは関わっているのか?」


「……いや。俺は直接、関与はしていない。あれは五道ごどうという男が勝手にやったことだ」


「五道?」


 俺は聞きなれない名前に首をかしげた。


「ああ。どこから流れてきたのか知らないが、いつの間にかオヤジに取りいって妙なシノギを始めたんだ。自分じゃ「あの世から来た」とうそぶいてるそうだが、極道の俺から見ても食えない奴という感じだよ」


「あの世から来た……」


 俺は絶句した。いずれ組を継ぐとまで言われているこの男に一切、関与させない人間とはいったい、どんな奴なのだ?


「カロン、もしかしたらこの件は案外、あんた向きかもしれん。何せあんたの売りは「不死身」だからな」


「……褒め言葉と受け取っとくぜ。……で、その五道って奴はどこにいる?」


「同じビルの最上階で「デュアルライフ」っていうコンサルティング会社をやってるよ。売り文句は「人生をリフォームする企業」だ」


「……わかった。いい話が聞けたよ。ありがとう」


 俺が礼を述べると、牛頭原のあるかなしかの眉がわずかに動いた。


「なあカロン、あんた刑事にしておくには惜しいくらい「闇の匂い」がするな。サツを止めたら俺と組まないか?」


「うれしい申し出だがね、俺はサツと同じくらいやくざが性に合わないんだ。悪く思わないでくれ。……ポッコ、何か聞いておくことはあるか?」


 俺が水を向けると、白い顔で二人の話を聞いていた紗枝が牛頭原をまっすぐ見据えた。


「あの……」


「なにかな、お嬢さん」


「もう少し、眉をくっきりと描いた方が、初対面の人にいい印象を与えると思います」


「な……」


 目を丸くしている牛頭腹を見て、俺は思わず噴き出しそうになった。


「そういうわけでまたな、若旦那。時間を取らせてすまなかった」


「気にするな。……カロン、相棒がその調子じゃ、当分は死ねないな」


 牛頭原が笑いを含んだ声で言った。俺は答える代わりに片手を上げ、部屋を後にした。


             〈第十五回に続く〉

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