第2話 刑事は死ななきゃ務まらない


 俺の名は朧川六文おぼろかわむつふみ


 三途野市さんずのしという小さな町の市警に勤務する刑事だ。


 配属されているのは殺人課だが、厳密に言うとその中の一室だ。正確な部署名は未解決事件専任特務班。つまり一度捜査が終わり、本部が解散してしまった事件を再捜査する部署だ。再捜査といってもおおやけには終わっている事件であり、よって俺が所属している部屋は公式には存在しない事になっている。


 ではなぜ、そんな部署が設けられたのか。それは、俺の特異体質に目をつけた三途野署の署長が、その能力を生かして捜査を進めるべく、俺のための班をこしらえたからだ。


 特務班は基本的に、聞きこみも張り込みも義務付けられてはいない。俺の任務はただ一つ、現場に行って被害者の声を聞き、誰も知らない真犯人をあぶりだすこと。それだけだ。


 そう、俺の特殊能力とはつまり、死者と会話ができることなのだ。そして俺にはもう一つ、特務班が設置されるきっかけとなった能力がある。それは「殺されても死なない」という能力だ。嘘だと思うなら銃で撃つなり、首を絞めるなりしてみるといい。一定の条件が揃わない限り、俺はが死ぬことはない。俺の命は、死神に預けっ放しになっているのだ。

 

                  ※


「あの、ちょっといいですか」


 現場に向かう電車の中で、唐突に沙衣が口を開いた。


「さっき、壁倉さんが「捜査が終わってからが出番だ」と言ってましたが、どういう事か説明していただけますか」


 俺は沙衣の丸い瞳を見返した。この子がうちに配属された理由がもし、俺に憑いているものが「視える」からだとすると、いずれは俺の捜査法を明かすことになるだろう。


「うちの班は俺が殺人現場に行かないと何も始まらない。現場に行って死者と話をすることが捜査の第一歩なんだ」


 俺がずばり要点を口にすると、沙衣は丸い目を一層大きく見開いた。


「あの……私、真面目にお聞きしてるんですけど」


「俺もいたって真面目に答えてるよ」


「死者と話す、とおっしゃった様に聞こえましたが、それって遺留物に込められた意味を推理するということですよね?」


 俺は笑いをこらえるのに苦労した。まったくうちの署長も、とんでもない優等生を寄越したものだ。


「文字通りさ。死者と話すんだよ。成仏し切れず現場の周辺をふわふわしてる奴とね」


 俺が決定的な一言を口にすると、沙衣はむっとした顔をこちらに向けた。


「ふざけないでください。いったい、どこの世界に死者と話をする刑事が……」


 顔を赤くしてまくしたてていた紗枝の目が、何かに気づいたようにはっと見開かれた。


「死者が視える……」


「そうだ。君もある程度は「視える」んじゃないか?」


 俺がここぞとばかりに問い質すと、沙衣は急にうつむき、沈黙した。


「いいかい、俺はパートナーに隠し事はしない主義だ。だからはっきり言おう。俺には死者が視える。それも誰かに殺され、無念の死を遂げた人間の霊に限りだ。生まれつきね」


 俺が畳みかけると、沙衣はぽかんと口を開け、「まさか」と呟いた。


「じゃあ、まさかついでにもう一つ教えよう。俺の身体には死神が憑りついている。俺は不死の身体を得る代わりに魂を預けたんだ。今、俺の身体に入っているのは偽の魂だ。殺された死者の無念を晴らし、百体の魂を成仏させるまで、本物の魂は戻ってこないのさ」


「死神……そんな。……あ、でもさっき」


 沙衣はそこで言葉を切ると、継ぐべき言葉を探して口をぱくぱくさせた。


「俺の後ろに何か視えただろ?あれが死神だ。まあいずれもっとダイナミックな奴を拝むことになるだろうがね」


 俺はそう告げ、くすくすと笑った。全くうちの連中の特技ときたら、こんな物ばかりだ。

                 

 そもそも俺に警察官としての職務がまともにつとまるはずはなく、したがって現在の待遇には何の不満もない。


 俺は子供の頃から落ちつきが無く、プリントや鍵などの紛失は日常茶飯事だった。


 片付けの類は言うに及ばず、バスや電車の乗り間違えはほぼ日課、待ち合わせをしても忘れる、遅れる、たどり着けないとあっては、簡単な伝言すら任せられないのもむべなるかな、だ。そんな俺が大学三年の時、両親が揃って警察に連行されるという事態が起きた。


 詳しいいきさつは省略するが、俺は今でも冤罪だと信じている。再審請求はしているもののいまだ実現には至っておらず、俺が彼らと顔を合わせるのは常に接見室の樹脂パネルごしなのだった。


 幸い資産家の叔母がしぶしぶ後見人に名乗りを上げてくれたおかげで、無事に大学を出ることはできたが、就職の方はコミュニケーション能力の欠如が災いして壊滅的な状況に陥っていた。


 結果として俺は、不遇を見かねた叔母によって有無を言わせず警察学校に叩きこまれる羽目になった。知らないうちに入学金を払いこまれた俺は、呑気なアルバイト生活を奪われて公務に奉職するお堅い身の上となってしまったのだ。


 そして巡査として交番に勤務を始めて二年後、突如として辞令が下りた。俺はある事情から、志望もしていないのに特務班付けの刑事にされてしまったのだ。


 俺が特務班付けになったいきさつはこうだ。


 交番勤務時代、俺は凶悪犯に三度も「殺され」ている。そしてその都度、同僚の目の前で「生き返って」いるのだ。


 正確に言うと、一度はヤク中のチンピラに全身をめった刺しにされ、一度は外国人マフィアに頭と心臓を撃ち抜かれた。残りの一つは凶悪な少年犯罪グループに致死性の薬物を注射され、車ごと燃やされてしまうという事件だった。……だが、そのいずれの場合も俺は「死なな」かった。


 これらの件はいずれも丁重に伏せられ、三途野署の最重要機密となっているらしい。


 とにかく俺は「希少かつ余人をもって代えがたい人材」として特務班創設のきっかけとなった。……もちろん、俺が死の縁からいとも簡単によみがえったのは、死神と契約をしているからに他ならない。俺の「死者が視える」という能力が死神の目に留まり、未解決事件の真犯人を捕えて死者を成仏させるという条件で、不死の身体を与えてもらったのだ。


 こうして俺にふさわしい「特務班」が殺人課の片隅に誕生したわけだが、この異例づくめの部署に集められた人材が、また俺に負けず劣らずの曲者だった。


 俺の上司である壁倉は粗暴この上なく、以前いた部署で数々の問題を起こしていた。なにしろ始末書を積み上げると自分の背丈とほぼ同じ高さになったという伝説があるほどだ。


 その他にも、拘束した容疑者を廃人寸前にまでぶちのめし、暴行容疑で何度となく逮捕されかけるなど、不名誉な武勇伝にことかかない人物だ。


 かくして現在の俺は築四十五年、「古民家」と呼ぶにふさわしい超優良物件に住み、地下鉄で毎日、自宅から殺人現場に直接通う敏腕刑事となったのだった。


              〈第三話に続く〉

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