第7話
「あ、えーとそういうわけじゃないんですけど……」
「俺をストーキングしてきたら文芸部に辿り着いてしまっただけみたいです」
「平山くんは黙ってて!」
睨み付けられて首をすくめた。事実を述べただけなのにこの扱い。
「えっと……私小説自分で書いたりしたことは無いんであれなんですけど……こういう、異世界転生とか、なろうとかそういうのの話、普通にできるって良いなって」
「別に教室でもひたすら隅っこでスマホいじってればいいのでは。目立たなきゃ誰も何も言ってこないぞ」
「みんなが裕太くんと一緒だと思わないことね?」
「普通にはしていたいじゃない……」
上原さんの言いたいこともわからないではない。
世の中には基準がある。誰も常識とさえあえて言わないような、普通。ごくごく一般的すぎる人としての在り方。外に出てスポーツとかするのは良いこと。家にこもりすぎはよくない。社交的なのは良いこと、人とかかわりを持たないのはよくない。普通の高校生は教室で友達とだべり、適度に勉強して適度にハメを外す。勉強一筋校則を一つも破らないようなのも良くないぞ……どうしろっちゅうねん(半ギレ
なかなか基準から外れたやり方というのも生きにくいものだ。ずっと教室の隅でスマホいじっているのは社会的に問題ありだもんな。俺も何度か担任から人生相談の時間を設けられました。
「まぁきっとこの部活はそういう人向けではあるわね。私は教室ではごくごく普通にクラスメイトの覚えも良く過ごさせてもらっているけれど」
「そんなこと言いながら、ちょっと前に教室ごと異世界転移モノ書いて、同級生をひどい目に遭わせてたの知ってますからね俺……」
「現実とフィクションを混同しないでもらえるかしら?」
そうですね、大事ですね。非実在少女をオークを使ってひどい目に遭わせるのもフィクションだから仕方ない。
「だから上原さんが来たいなら全然、来てもらって構わないのよ」
そんな文芸部長の言葉に、俺は思い切り眉根をひそめた。
「また転生派が増える……」
「そんな派閥を作った覚えはないのだけど」
「あ、え、でも私ほんとう小説とか書けないし……」
「書きたくなったら書けばいいのよ。そこな裕太くんもここのところ部室にきてやることといえばラノベを読むことぐらいだし」
「参考文献です」
「それに、別に気が向いたときに来るだけでも全然構わない。文芸部は徹底的に不真面目な部活だから。サッカー部みたいに真面目なのかチャラチャラなのかはっきりしない部活とは違うわよ」
「美月先輩はサッカー部に何か恨みでもあるんですかね」
「光の戦士であるサッカー部員と、影の民である文芸部員とは昔から相容れないと昔から決まっているの。それは世界が始まった時から定められたこと。神は言われた。光あれ。するとサッカー部があった。神はそれを見て良しとされた。神はサッカー部と文芸部を分けられた。第一日目である」
「神様最初にもっと創るべきものがあったでしょう……」
あと影の民とか格好良さそうに聞こえるけど、それ陰キャのことだよね。
「上原さんも異世界転生が好きなら、影の民になる資質があると思うの、どうかしら?」
「怪しい宗教勧誘みたいな物言いはやめなさい」
今一つ発言のネジがとび気味の文芸部長をたしなめて、それにしても、と俺はため息をついた。
「随分熱心に勧誘するんですね、美月先輩」
「私は良いけれども、来年になったら君一人よ? 知ってる?」
文芸部は俺と美月先輩の二人だけの零細部活。去年俺一人を掴まえるだけで満足してしまった美月先輩も言えた口ではないとは思う。
もともと読書だって文章を書くのだって、やろうと思えば一人でできてしまうから、文芸部の存在意義なんて曖昧だ。9人、11人そろわなければなりたたないような部活とは違う。
「来年から上原さんと二人きりというのもぞっとしないですね……」
「それはこっちの台詞よ」
ふんと鼻を鳴らす上原さんに、美月先輩も肩をすくめた。
「ごめんなさい、いきなりこっちの都合で話をしてしまったわね」
「あ、いえ全然……誘ってもらえるのはすごく嬉しいです」
すっかり美月先輩に対しては角のとれた態度で話すクラスメイトの女の子。これがランキング作家の力……!
元々クラスに居る時は誰にでも人当たりが良さそうな上原さんだ。俺とのやり取りが不幸すぎる例だっただけで、根はこっちの方なのかもしれない。俺だってあの子には、ずっと優しく微笑んでいてほしかった……(物語中盤、発言者不明の意味深なモノローグ
好きな投稿小説の話で盛り上がる二人を横目に、俺はテキストエディタにいくつか書きかけの小説を展開してぼんやりとそれを眺める。
美月先輩に言われたように、俺もWebサイトに投稿するものの、ろくすっぽポイントがついたためしはない。書きたいものと、みんなが読みたいものは違うなんて良く言うけれど、それをうまく消化するための方策は、今の俺の中には無かった。
異世界転生したい女の子の話はみんなが読みたい話なんだろうか。
頬杖をついて眺めた上原さんの横顔は、相変わらずの美少女だったけれど……。
人はどんな時に異世界に行きたくなる? 辿り着けない場所に行きたくなる?
それはきっとここでは叶わない願いを抱えているとき。
願いはきっと叶うなんて嘘っぱちだ。この世に魔法は無いし、勇者も魔王もいやしない。
高校生になってまで勇者になりたいなんて言ったら、クラスの笑いものになるだけだろう。
案外、青春もの向きなのかな、なんて思ってしまって苦笑いが漏れた。
それが何かの果てにあった言葉ならまだしも、のっけから異世界転生したいなんて、やっぱりコメディだよ。
「何一人で百面相してるの……不気味」
「物書きが考え込んでいる時の百面相は責めないであげて……」
美月先輩からのフォローは割と切実な声音だったけど。
やっぱり綺麗な青春ものなんて無理だな。徹底的にコメディに書いてやるからな!
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