第6話

「本気で蹴りやがって……痔になる」

「だって、平山くんが、平山くんが……っ!」

「そういうことは特定の趣味を持つ女性の前では口にしないことね。空想が捗るから」

「美月先輩だけでしょ捗るの。いや捗らせないでください頼むから」


 どこから拾ってきたやら教室に似合わない丸テーブルを、教室そのものなスチール椅子で囲んで、美月先輩の入れてくれたお茶をすする。ゆる部活系そのものな景色に見せかけて、ギスギスオフライン。ギスギスしてるのは上原さんだけですが。


「で、上原さん? は異世界転生とか、お好きなのかしら?」

「う……あの……はい」


 甘いものとかお好きかしら? みたいな気楽さで心臓をぶちぬく一撃に、上原さんは消え入りそうな声で首肯した。こちらに向けられたまなざしには来世まで祟りそうな怨念が込められている。何度も転生する度に巡り会う縁みたいなの好きですけど、こういうのはちょっと……。

 いつまでも祟られているのもなんなので、早々に種明かし。


「ちなみにその先輩異世界転生モノ書きだから、安心していいよ」

「……え?」

「そんな安心要素はさすがの私も生まれて初めて聞くわね……」


 きょとんと首を傾げる上原さんと、悩まし気にため息をこぼす美月先輩。


「異世界転生モノ書いてるの、この人。割とランカー常連、上原さんも知ってるんじゃない? どうせなろうとかカクヨム見てるんでしょ?」

「どうせとは何よ……見てるけど。ほんとはどうでもいいおしゃべりとかせずにずっと見てたいけど」

「後半は闇が深そうだから聞かなかったことにしとくわ……」


 ずっと信じていた教室でのあの笑顔はいったい。


「ほら、この紅月っての」

 

 スマホをいじって、小説投稿サイトの日間ランキング画面を表示する。総合ランキングに、今日もその名前はあった。


「あ、知ってる! むしろ読んでる!」


 ぱっと飛びついてきた上原さんに、思わずスマホをひっこめる。後ろめたいことは何もないけど、なんとなくスマホを他人に触らせることに抵抗感のあるコミュ障組。後ろめたいことは何もないからな、本当に。ノクターンとかブックマークに無いからな!


「え、えー? ほ、本当にですか!?」


 すっかり怨念が浄化された上原さんから、キラキラしたまなざしを向けられて、美月先輩もまんざらではないようだった。銀縁眼鏡をくいっと上げて、わざとらしく姿勢を正す。


「楽しんでいただけてるみたいで嬉しいわ」

「いくつもブックマークさせて貰ってます! まさかこんな身近な人なんて……」

「今や投稿サイトの利用者は100万人超えているっていうものね、案外読者も作者も近くにいるのかも」

「そ、その魔王転生とかすごく好きなんです。続きお待ちしてます」

「う……そ、そうね……そのうちね」

「その人書き散らし型だから未完作多いんだよな……すぐ新しい流れに飛びつくから」


 俺の茶々に、美月先輩は眼鏡の奥で半眼になった。

 

「うるさいわね……新しい要素を取り入れてみるのは大事なのよ。そうじゃないとどこかの誰かさんみたいに万年0ポイントで過ごすことになると思うのだけど」

「うぐ……良いんです、俺は自分の書きたいものを書くだけなんで」

「平山くんはどんなの書いてるのよ……?」


 上原さんが、開きっぱなしにしておいたノートPCの画面をのぞき込む。


「あ、こら勝手に」


 画面に映っていたのは昨日出来心で書いてみたものの自己否定で終わった小説の書き出し部分。一応執筆中保存したそこに書かれていた場面は……。


――――異世界転生したい。


「ふざけるなああああああっ!?」

「いやそのつい……」

「な、何人の生き恥を全世界に向けて発信しようとしてるの! 誰にも言わないとか言っておきながら!」

「誰も上原さんのことだってわからないから」

「そういう問題じゃない!」

「そもそもこれボツだし、こんなヒロイン萌えなくてだめだなって……」

「言うに事欠いて失礼すぎる……」


 わなわな震える上原さん。まぁ確かに俺も自分をモデルにしたキャラクターいまいち冴えないとか、地味すぎとか、友達いなそうとか、クラスに馴染めなさそうとか、話してもつまらん奴とか言われたら流石に傷つくな。お前のことオークさんに頼んでひどい目に遭わせてやるからな。


「あら、綺麗な書き出しじゃない。私は良いと思うけれど? 異世界転生に焦がれるヒロインって言うのもなかなか、広げがいがありそう」

「美月先輩はこのヒロインに襟首締め上げられたりしてないから、そういうことが言えるんだと思うんですけど」

「……それは悪かったって言ってるじゃない」

「襟首締め上げられたり、痔になるようなことをされたり、随分爛れた関係なのね……」

「叙述トリックみたいな物言いは止めてくださいよ」

「興奮した?」

「しません」


 色々と火種なノートPCは、早々に閉じてしまいたかったけれど、美月先輩は興がって俺の雑な文章を眺めはじめてしまう。


「異世界転生を望んでいたヒロインが事故にあって転生しちゃうんだけど、それを助けようとした主人公も一緒に転生する憂き目にあって……で、結構過酷なタイプの異世界を二人で生き抜くとかどうかしら」

「あ、素敵だと思います……」

「はい信者おつ」

 

 眼鏡の向こうから、あきれた目で眺められた。


「嫉妬は見苦しいわよ。そういう裕太くんはどう進めるつもりだったの?」

「正直浮かんだ情景からの書き出しだったんでスジは練ってないんですよ。まぁ無難にそのまま学園青春モノかなと思いますけど」

「それも良さそうね……転生したいほどの苦しみを抱えた女の子と、それを垣間見てしまった少年のボーイ・ミーツ・ガール、絵になるわね」

「あの、平山くんとそういうのはちょっと……」

「現実とフィクションを混同しないでいただけます?」


 あとナチュラルにNGいただきましたけど、C-4はこちらだって願い下げだし。


 本当、あれだけなら絵になる景色だったのにな……未だに悔しいというかもやもやするというか、いや、綺麗な景色の中にいたのも、ぶちこわしたのも両方上原さんなんだから、もうどうしようもなかったんですけどね……。


「そういえば、上原さんは文芸部入部希望とかなのかしら?」


 ふと、美月先輩が小首を傾げて、上原さんに問いかけた。

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