第4話
異世界転生についてどう思いますか、答えを述べなさい。(10点)
A. 異世界転生ってそもそもなんでしょう。
B. 実は俺も異世界転生大好きなんだ。今度一緒に転生しない?
C. 異世界転生とか言っちゃって大丈夫?
D. 仏門に帰依し、転生ではなく解脱を目指しなさい。
今度一緒に転生しない? じゃないよ。今生が軽すぎる件。
大体、異世界転生についてどう思いますかって、どういうことだよ。宗教の勧誘かなんかか。
軽く頭痛を覚えながら視線を上げると、こちらをじっと見たままの上原さんの真剣なまなざし。期待と不安で揺れる表情はクラスでは見たことの無いもので……ちょっと可愛いなと思ってしまったりなんかして。
さっき襟首掴んで詰め寄られた時のことがフラッシュバックする。触れ合った体の、どことは言わないが、かなり柔らかかった気が。
「……まぁ、知ってはいるけどさ」
……負けてないぞ、煩悩に負けたわけじゃないからな。
可愛ければ宗教でも好きになってくれますか?(高額な壺購入エンド)
「だよね、平山くん文芸部だもんね」
「文芸部だから知ってるってことは無いからな」
芥川や太宰を愛読する文芸部の方々に被害を広げないであげて欲しい。ほら、なんだっけあの異世界に転生して蜘蛛の……あ、蜘蛛の糸? 確かにカンダタを助けてくれたのは極楽に転生した蜘蛛のみなさんだけどな……極楽行きは転生扱いでいいのでしょうか。
「平山くんも書いたりするの?」
「あー……うん、小説は書くけど……」
目をそらしたのに、上原さんはちょっとキラキラした目で見上げてくる。
「異世界転生ものも書いたりする?」
「いや、主に現代ものとか」
「えー……なんだ」
「なんだとはなんだよ」
ちょっとばかりむっとした声が出た。
書きたいことなんて人それぞれ。世の中の流行り廃りはあったとしても、落胆される筋合いはない。現代ものなんてしかつめらしく言いましたけど、実態は学園ラブコメとか好きなんですけどね……ラブコメに貴賎なし。むしろ尊さしかない……。
「だいたいさ、なんでそんなに異世界転生にこだわるんだよ。そんなに好きなの?」
「ん、うー……まぁ好き……かな?」
「どこら辺が」
「ほら、剣と魔法の世界を冒険できるし……自由に生きてみんなに慕われるし……可愛い女の子に囲まれるし……天国?」
頬を赤らめて目をそらして、ぼそぼそと答える上原さん。
可愛いって本当にずるい。たとえ異世界転生のことだろうと一瞬のときめきを抱かせられてしまう。もし俺が、『せ、拙者も異世界転生とか好きでござるwww エルフ幼女と女騎士さんと一生幸福に暮らしたいでござるwww こりゃ失敬フォカヌポォ』とか言ったらその場で即つるし上げだもんな。言わないよ。どこのステレオタイプオタクだよ。エルフ幼女と女騎士さんと暮らしたいのは認める。
べ、別に学園ラブコメだって可愛い妹や幼馴染みと一緒に暮らせるんだからね!
「あと、もしかしたら私も異世界転生できるかもって思えるのも大きいよね。歩いてたらトラックが突っ込んで来たりして、気づいたら異世界とか」
「気軽にトラックに衝突するのやめてくださいよ。残された人とか警察のみなさんの苦労も考えて?」
呆れ気味に頬杖をついていると、上原さんは少し、表情を変えた。
「……それに、せっかく物語を読むんだから、見たことのない世界を見たいって思うじゃない」
はにかんだ表情に混じった、一抹のさみしさ。
……それは、もしかしたら勘違いだったのかもしれないけれど。
どこか遠く……見たことのない世界を望んだ、そのさみしそうな微笑みは、とても綺麗で、だけど、掴みたいと思った時には、もう消えてしまっていた。
「そもそも大体の高校生は異世界転生したいものだと、思うのだけれど」
うん、勘違いだな。たぶん。絶対。
「少なくとも俺は大体の高校生に、含まれてない」
「平山くんクラスでもちょっと浮いてるっていうか沈んでるもんね」
「なんでナチュラルにディスられないとならないんでしょうね……」
「今どきの高校生なのに異世界転生に興味もたないから」
「俺の今どきと上原さんの今どきに随分ずれがあるみたいなんだけど、何それ、東京基準?」
東京の方だとクラスの8割ぐらいは転生経験済みで、転生未経験者は後ろ指さされてスクールカーストの底辺に落とされる運命なのかも知れない。
老若男女、学生から社会人まで異世界転生しては、現代の木っ端な知識で無双する。世はまさに大転生時代。
何かと東京は進んでるからな……。
「東京でも、私の知り合いには今どきの高校生は少なかったかな……でも、マックの後ろの席に座った子がね」
「SNS上にしか存在しない今どきの高校生の話はやめような」
「みんな異世界転生とかもっと好きだと思うんだよね……隠してるだけで」
某Web小説サイトの人気から言えば、身近にもっと読者は多いのかもしれない。
だけど、普段の教室で上原さんとその周りを囲む女の子たちが、そんな話に花を咲かせる光景は想像がつかなかった。その最たるものが上原さんだったわけなんだけど。
まぁ、それよりなにより。
「異世界転生モノが好きっていうのと、桜を見上げて異世界転生したいって言うのはまた違うとおもうんですけど……」
「う、うううるさいな! うるさいな!」
またほほを赤らめて抗議する上原さんに、謎の異世界談議に付き合わされた気持ちが少しばかり晴れた。
やはり人の弱みを握るっていいですよね。あれ、クラスの美少女の弱みを握ってるとか、俺は今もしかして伝説のR-18ルートへの分岐地点に立たされているのでは。
ん? 今なんでもするって言ったよね?
「……ま、とにかく昨日のことは俺も忘れるから、上原さんも何も気になくて大丈夫だよ」
……でもね、陰キャはへたれルートしか選べないから陰キャなの。
「う、うん……そう……」
会話が途切れて、しんと静けさが訪れる。
遠くから聞こえる、運動系部活のホイッスルの音。
どこか気まずい沈黙。
元から、クラスメイトであること以外ほとんど接点なんてなかった二人。繋げる話題があるはずもない。そして、ここで会話を繋げるようなら、俺もクラスで目立たないようにひっそりしてなんて居ない。
気まずさをなんとかしようと口を開きかけて、でもそんな話面白くないだろうなって、言葉を自分で遮って。
「そ、それじゃ……ごめんなさい、部活の邪魔して」
「いや……うん、じゃあね」
立ち上がった上原さんに、俺はそうとだけ返した。
後ろ手に閉められた引き戸と、こちらに投げかけられた視線。
それに言葉を返すこともなく……上原さんが去ってしまうと、いつも通りの空間が戻ってきて、俺は安堵のため息を漏らした。
これで、以降はいつも通り。何も変わらない学校の日々だ。少し寂しさを感じた気もしたけれど、きっとそれは上原さんだからというわけでもない人恋しさによるものだろう。
ノートパソコンを開いて、真っ白なままのテキストエディタに向き直った。
「…………」
ぼんやりと、キーボードを叩く。
それは桜の木の下の少女の話。
この世界に嫌われた、少女の話。
だから彼女は……。
――――異世界転生したい……。
「……やっぱないわ」
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