3

 ————こんなのが悪魔って言うのかよ‼ 完全に化物以上じゃねぇーか!


 ————動けねぇ……。腰でも抜かしているのか? この俺が?


 和哉は瞳孔が開いたまま、悪魔が和哉に向かって右腕の拳を振り下ろしてきた。


 と、同時に遠くから聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


氷の槍アイス・ランス!」


 飛んできた槍が悪魔の腕を貫通し、悪魔は槍の勢いに押されて右に吹き飛ぶ。


 赤髪の少女が魔法を唱えて、和哉を助けた。少女はそのまま一っ飛びで和哉の元にたどり着く。


「あなた、何を考えているんですか! 魔法も使えない人間が悪魔に対抗できるはずがありません!」


「うるせぇ……。だったら、この氷でも解除しろよ……」


「それにもしかすると、近くに魔導師がいるのかもしれません!」


 少女は氷の剣を換装する。


「なに、この近くに魔導師がいるだと! じゃあ、この悪魔は誰かが召喚したただの魔法で作られた悪魔だとでもいうのかよ⁉ その術者は一体どこにいる……」


「分かりません。私と同等、いや、それ以上の魔導師がどこかで私たちを見ているはずです。それに悪魔を召還するのは、悪の魔導師以外考えられませんから……」


「悪の魔導師……」


「はい。そして、彼らもまた、誰かに依頼されてこの地にいる。もしかすると、狙いは私でしょう。その依頼者と魔導師は、私をおびき寄せるためにこんなことを……」


 少女は構えて集中力を高める。敵は未知数。どこから現れるのかも分からない。


「それは私の魔力でしょう。S級魔導師ほど魔力の高い者はいません!」


 傷ついた悪魔が少しずつ回復していく。


『さすが『氷結の魔女』。まさか、これほどの実力だったとは……』


 どこからか声が聞こえた。男の声だ。


 ————どこにいる……。


 少女は周りを見渡す。すると、和哉の後ろに黒のマントを背負った男が立っていた。


「……!」


 左手に持っていた黒い剣で和哉の体を右肩から斜めに斬り落とし、そのまま右足で蹴った。


「おい……」


 少女は、男に剣を向ける。


「なぜ、無関係の人を傷つけたのですか! 彼は魔導師じゃないんですよ!」


「魔導師? そんなの闇ギルドが「はい、そうですか」と素直に返事するわけねぇだろ?」


 男は高笑いをしながら舌を出している。耳にはピアスをしており、顔の右側には入れ墨を入れている。


「ちょっと待てよ……。……こいつには色々と訊きてぇ事があるんだ。だから、その女には手を出すんじゃねぇ……」


 和哉は大怪我を負ったまま、立ち上がった。大量の血が頭から背中から溢れている。


「何をやっているんですか! あなたは早く逃げてください!」


「うるせぇ! 少し黙っていろ! やられたまま終われるかよ」


 和哉は男を睨みつける。


「おいおい、今ので死なねぇーのかよ。お前、本当にこの世界の人間か?」


「さあーな。俺にも分からねぇ……」


「だったら死ね!」


 男は姿を消し、一瞬で移動すると和哉の目の前に現れ、剣を横に振りかぶり、腹を斬る。


「————な……」


 神経や細胞を傷つけない斬り方、和哉は立ったまま驚き、恐る恐る右手で斬られた腹に手を当てると、血は全く出ていなかった。


「君‼」


 少女は剣を捨てて駆け寄ってくる。


「はぁ……なっ、……これは一体……」


 和哉は男が剣を収めると同時にその場に倒れる。


「今の……どうやって……。神経と細胞に感覚が無かった……」


 視界が薄くなってきている自分の目で男を見る。さっきまでとの実力が違いすぎる。


「これは俺の神速の技でな……『肝洗い』って言うんだ。斬った相手は斬られた感覚を知らずに死んでいくが、今回は特別サービスだ。殺さずに生かしといてやるよ。まあ、その怪我じゃあ、後、どれくらい持つか分からねぇーけどな」


氷の波アイス・ウェーブ!」


 少女は男に向かって魔法を撃った。


 男は少女の魔法を正面から受け、遠くに飛ばされる。


「……魔導師って……こんな奴らばかりなのか……」


「いいえ、魔導師にもいろんな人がいます……。ですが、何も力もない人間が魔導師に立ち向かうなど聞いたことがありません……。ですが、このままだとあなたは死んでしまいます……」


 ————俺が死ぬ……!


 少女に言われて、和哉は仕方がないと思った。


「あなたはあの魔導師を倒したいですか……?」


 少女が微笑んで優しく問いかける。


「ああ、もし、俺に力があるなら倒してぇ……」


 和哉は、倒れたままでも力を振り絞ってゆっくりと話した。


「分かりました。でも……これにはものすごいリスクが伴います……」


「…………」


 少女は右胸ポケットから小さな赤色の巾着袋を取り出した。


「これを使うしかありませんね……。成功は僅か数パーセント。錬金術師が最も欲しがる禁忌の石『賢者の石』。それでもあなたはやりますか?」


 少女は和哉に問う。真剣な目をして、その石を前に突き出す。


「な…………」


 和哉はその石に驚く。


「それは……本で……読んだことがある……」


「そうです。この世界でも本にも出ているあの賢者の石です……。意味は分かっていますよね」


 真剣な目をして和哉に説明を続ける。


「この賢者の石をあなたの体に埋め込んで……そこに私が魔法を使って術を発動させます! そして、成功すればあなたの体は再構築され……傷も治ると思います」


「傷が治るだけなのか? 魔法は使うことができないのか……?」


「分かりません。実例が無いので……。でも、成功さえすれば使えるのかもしれません。そのまま死んでいくか、やってから死ぬか、あなたはどちらを選びますか⁉ 五秒だけ待ちます。答えを一つに絞ってください」


 ————なんで今日に限ってこんなことに巻き込まれるんだよ……。


 ————そもそもこれは俺が勝手に入ってきたせいだったか……。


 ————でも、ここで死ぬわけにはいかねぇ……。


「やるよ。だから、早く始めてくれ……」


 少女は、フッ、と笑った。


「なんでしょうか。貴方の目を見ると希望が見えてくるように見えます。名前、言っていませんでしたね。私の名は白雪真彩しらゆきまやです」


「俺は……一ノ瀬和哉いちのせかずやだ……。白雪……真彩……いい名前だな……」


「そうでしょ。じゃあ、行きますよ……」


「……ああ」


 真彩は賢者の石を和哉の心臓に近い場所において、少しその場から離れる。そして、手を合わせる。


 彼女が魔力を籠めると魔法陣を展開し、赤く光り出し、稲妻が走る。


「はあっ‼」


 賢者の石が和哉の体内に入り、錬金術が始まる。


 ドンッ‼

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