植物

 ふ、と目を開く。完全にはまだ開かないが、半開き。眼球を動かすことも叶わないみたいだ。私は今、何をしているのだ。記憶が何もない。そのまま見える範囲で状況を飲み込もうとする。

 白い壁、白い天井。ひゅー、と聴こえる自分の呼吸音、雫の滴る音。左側から伸びた管と金属パイプ、そして中に何が入ってるのかは判然としない、液体入りのバッグ。ひゅー、ひゅー。ポタッ……、ポタッ……、ポタッ……。腕は上がらない。足も動かない。それどころか顔でさえも動かない。目も半開きが限界なのだろうか。ツン、と鼻につく消毒液の臭い。身体が引っ張られるように感じるから、多分右脇腹から管が出ている。然し痛みも漠然としたもので、きっとこのまま殺されても私は思考が追い付かないのだろう。

 ポタッ……、ポタッ……、ポタッ……。私の予測が正しければ――。


 カラカラカラ、と音を立てて室内に誰か入ってくる。


「あ、先生……」


 聴いたことがある、ような声が入ってきた人物に向かって先生と言う。私はそこで初めて室内に私以外の人物が居ると知覚した。誰……。


「――さん」


「先生、どうなんですか?!」


「……もう、やめにしましょうよ。回復の見込みが殆ど無いんですから。このままでは貴方の方が倒れてしまう」


 何の、話を、しているのだろう。回復の見込みがない、とは……。貴方は、誰。


「回復が見えてこない延命治療は患者さんのご家族にとって、大変な負担となるのです。勿論お金はかかりますし、何よりも精神的な負担が大きいでしょう」


「そんなことッ……!!」


 話が見えてこない。何の話? 全くもって理解が追い付かない。というかそもそも思考という概念がゴッソリと抜け落ちたかのような感覚。ただただ情報を蓄積させるだけのUSBのように。淡々と会話を記録してゆく。


「もう、終わりにしましょう……?」


 その日はそれぎりだった。




 数日後、また目を半開きにすると、今度は白く明るい部屋に啜り泣く声が響いていた。ズズッ、と時折聞こえる鼻を啜る音。


「本当に、いいんですね」


「……ハイ」


 多分件の医者と泣き声の本人。


「では――」


 ポタッ……と絶え間無く鳴っていた雫の落ちる音が止まる。段々と目の前が真っ暗になってゆく。ひゅー、と鳴っていた呼吸音が掠れてきた。


 ――嗚呼、矢張私のことだったか。

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