自傷行為
切れた口の端、捨てられたボルドーのリップ。マスカラはドロドロに溶けてあたしの顔を黒く染めるのです。
また落とすのを忘れてしまったわ。武装してしか外に出ることは出来ないのに、万全の状態で装備なんてここ数年できたことが無いの。
肌はボロボロ、心は凍てついた。流氷のように冷たい心は、世間という大海にゆらゆらとゆらり揺られ揺すられ。あなたという人に乗られ進行方向を無理矢理決められたのですね。
あたしはそれが許せなくて。自分で進む方向くらいは決めたいものです。あたしの人生はあたしのもの。あなたのものではありません。
傷は歳を重ねる程に増えてゆく。メイクという名の武装も身の丈に合っていなければ、ただの自傷行為となり得るのです。
傷は増えてゆく。
あなたに傷つけられた首筋。抉れた心はもう元には戻らない。
傷は増えてゆく。
あなたを捨てた自己嫌悪は激しいものです。
傷は増えてゆく。
そんな自己嫌悪に陥るあたし自身が酷く醜く感じるのです。
しかしそんな傷もジクジクとした痛みに変わればあたしは生きていると実感できるのですから不思議。
あたしは痛みを感じることでしか生きられない。自分を傷つけることでしか自分を保っていられない。
あたしの中身は化け物です。どうしようもない化け物です。誰か捨てて殺してください。生きる価値ももう分からないのです。
いつもは化粧で誤魔化してますけれど、それももう限界なのでしょう。ほらそこのあなた、あたしを滅してくださいな。
こうして身を滅ぼすことで生々しい命という流れを感じることができるのです。
誰かあたしを傷つけて。もっと生を咀嚼させて。命の流れを嚥下させて。
自傷、それは蜜のよう。甘くそして時々ほろ苦く。粘り気をもつそれは一度体験し快楽に酔いしれれば、もう二度と元には戻れない。沼に浸かったが最後。美酒に溺れるように、自傷という水飴を手放せなくなるのだ。
自傷行為の常習者は重度の酒乱と変わらないのよ、と昔お姉さまに教わった。お姉さまごめんなさいね、あたくしはたいへんな酒乱になってしまいましたよ。
ああ、美味しいお酒がいただきたいわ。溺れられるくらい強いやつを頂戴。そしてあたしの喉を焼き切るがいいわ。喰らってちょうだい、殺してちょうだい。もう生きる意味なんて無いんだから、一思いに三途の川へと連れてって。
もう死ぬくらいの愛しさでしか生を感じられないから。
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