第9話 チカラ


 風満、科戸、若葉。三人は微妙な距離をとって同じ部屋に居る。みな一様にうつむいていた。なかでも科戸と若葉の距離感はひどい。風満はできるだけ気だるげな様子を隠しながら首をあげた。

「そういえば若葉、風無がどうしてここに来れたのか、まだ聞いてなかったよね。説明してよ」

 あえて違う話題が出たからなのか。

若葉も緩慢に顔を上げ、目線を空中において口を開いた。

「うん……。ここに来ることができる方法は三つ。一つ目は風に乗ってくる。自分か誰かが風を起こして世界を渡る危険な方法ね。二つ目は空間渡り。滅多にでない移動能力を持っている人。最後に、ある古い転送装置に引っかかった。これは風の民が向こうの世界においたもので、突然変異で風起こしの能力を身に着けた人間が、装置の上を通るとこっちに転送されてくるものよ。ずいぶん古いものに記述があったから、存在自体忘れ去られてた。……風無は神隠しの森から来たんでしょう?神隠しが多発していたのなら、そこに装置がある可能性は高いわ。たぶん、この最後の方法でこっちに来てしまったんだと思う」

 風満は説明を最後まで聞き、あることに思い当たった。装置にひっかかる。そのひっかかる条件は、能力を持っていること。

「……若葉。その装置、古いんだよね。壊れてて普通の人間が飛ばされてくるってことはない?」

「絶対ないって言い切れないけど、調べてもここ最近外部から人は来てないから可能性は低いはず。」

「そっか……」

 風無が能力を持っているのだとすれば。そしてそれが科戸より勝っていたら。

「風満、まさか……」

「若葉、科戸、これしかないよ。もう、これしか」

 利用する。そういわれてもしかたがない。でも――。

「風無を里の人たちに報告して、フリでもいいから婿入りしてもらう」

 ずるいことを考えた。そう言われても構わない。このままでいられるのなら。

きっと私は、なにかを捨てる。


「風無」

 私たちに気づいて、風無は縫い物の手をとめた。日を追うごとにつれ表情が多彩になってきた風無は、驚いた顔をする。

「あれ、三人そろって珍しいね」

「うん、ちょっと、最近頻繁に抜け出してることに怪しまれちゃってね。しばらくここに来れないかもしれないから、食べ物とかいろいろ持ってきたんだ」

 科戸が持っていた大きな包み、干し肉やら果実やら、日持ちがするものを中心にした食べ物と服を置いていく。

「うわ、助かる!ありがとう」

 疑うことなく喜んでいる風無。

 打ち合わせ済みだ。ばれるはずがない。

「それで、あたしからはひまつぶしにこれ」

 そういって私は、木製の横笛を風無に渡した。

「笛を吹くときは風向きに注意してね。あと音の大きさも」

 そして科戸が続ける。

「鳴らなくても気にしなくていいからな。それ出来が悪くて、音が出にくいから」

「うー……。楽器は縦笛しか経験無いけど、また吹いてみるよ。みんな、ありがと」

 ここまではうまくいく自信があった。問題はここからだ。

「風無、聞いておきたいことがあるんだけどいい?」

「え、なに?」

 風無はいぶかりながらも拒絶していない。

「風無は嫌なことがあっても、ここで暮らしたいと思う?」

 私が一気に言うと、風無は少し考え込んだ。

「……思う。ここでの暮らしは大変だけど、ここにいたい」

 土ですすけた風無に、精一杯の予定調和を演じる少年が聞く。

「何が気に入ったんだ?」

 ただ一人自然体の風無は答えた。

「自然が多いし、みんなは優しいし――――それに、もといたところじゃないから」

 頭の中で、何かが音を立てた。

「……それは、元いたところ以外だったらどこでもよかったってこと?」

 若葉が私の気持ちを代弁する。

「そうだね。僕はあそこから逃げたかったから」

 逃げたかった。辿り着いた先がここだった?そしてずっといたいと願う。それは風無にとって都合のいい世界だから?嫌なことに直面してないから?

 私が黙っているのを見て、またも若葉が助け舟を出す。

「……じゃあ私たち、そろそろ戻らないと。里の人に目をつけられているみたいだから。しばらくしたらまた来るから、それまでがんばって生活してね」

「食材無駄遣いするなよ!」

 風無に見送られ、三人は帰った。

 そう思わせておいて、近くの桜の後ろに隠れる。風無に渡した笛は、風の民が仕事用に使う笛だ。あの笛は能力チカラがないと吹けない。しばらく待ち


 カスッ、スー……


 能力チカラがないことを示す、息の音が聞こえた。


 逃げたい。でもそれはできない。逃げ続けることもできない。私たちには、風無のように都合のいい退避場所なんてない。気になることはあるけれど、今は――。

「二人とも」

 呼びかけに、ばつの悪い表情の友達は立ち止まる。

「お願いがあるんだけど」

 ――4月のある日、族長が日々記す義務のある『風の民の記録』にその一文はあった。

 シアロ・フィア、ティラ・ミラル、アルマ・ルシェの三名が、次期族長シアロ・フィアの話し合いのため特別休暇を申請。族長、一週間の期限付きで三人の要求を許可。

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