第10話 探し物


 若葉の書物部屋では、この世のものとは思えないほどものが散乱していた。

 風満たちは次々と書物をめくっている。

 息をつきながら手に取ったものに、風満は顔をしかめた。

 風の民は口伝をおもに用いる。もちろん、自分たちが使っている言語の書き文字はある。けれど使用頻度は低く、したがって、古の書物は読めないことが多い。

「若葉、風の民語。解読お願い」

「了解。……んー、主題が毒草と薬草の見分け方だけど見る?」

「軽く」

 若葉は素早く目を走らせた。

 そこにのれんが揺れて、科戸が戻ってくる。

「風満、若葉。かたパン持って来たぞ」

「ありがとう。ちょうど欲しいと思ってた。わふぁふぁ、ふぁべる?」

「手が汚れるから後でもらうわね」

 口を動かしながら頁を見やる風満。若葉は一心不乱に頁をめくっていた。

「科戸も手伝って」

「もちろん。猶予は一週間だろ?」

 科戸は無造作に置いてあるうちの一冊をつかむと、中を読んだ。瞬間、彼の動きが止まる。

「科戸?あったの?」

 若葉が次の獲物、巻物を広げながら背後に声をかける。

「いや、目当てのじゃなさそう」

「そう。だったら軽く見るだけにしてね。ご先祖様が修復手荒にしたおかげで、平気で表題と中身が違うものが多いから。……あー、この勢いで修復と分類やってしまいたいくらい。ないと思うけどあきらかに紙質が違ってたら頁が紛れ込んでることになるから重点的に見ておいて。でも基本は軽く。そうじゃないと追い付かないから」

 そう言いながら、若葉はすでに巻物を手放し新たな本に手を伸ばしていた。

「分かってるって。って若葉の読む早さが異常すぎる」

「ほら、科戸!口じゃなくて手ぇ動かして!」

 科戸の前に、風満が運んできた本がどっさりと詰まれる。読書の習慣がない科戸は見るだけでげんなりした。

「……この量ここの部屋だけじゃないよな。この部屋だけって言ったら俺泣くぞ」

「あ、うん、あたしも泣く。若葉の家中ひっくり返してこの部屋に運んだの。でもまだ倉にもあるんだって。あと科戸の家の分と、父さんがいない間にかっさらった本もあるから若干増えてる。っと、そんなことより働く!」

 風満の発破に対応しながら、科戸は一冊の本を服にすべりこませた。


 咲良は海外での商談がまとまり、久しぶりに自宅に帰ってきたところだった。側近兼執事の八手と共に入ると、待っていたのは静まり返った我が家だった。

「……どういうこと?」

 テーブルには、使用人全員が世界一周旅行に行くとの置手紙。ご子息が慰安旅行として贈ってくださいました、とある。

「……奥様、坊ちゃんが!」

 様子を見ていた八手が由子のもとへ息せき切って帰ってくる。連れられて確認すると、息子の部屋は生活感がまるでなかった。

 いつからいない。

「……八手、車の手配を。例の孤児院に行くわよ。そして、すぐに使用人たちと連絡をつけなさい」

 即座に行動する執事。由子の脳裏に悪夢がよみがえる。

「風無……」

 そのつぶやきは誰にも聞こえなかった。


 神隠しの森にある孤児院、『故郷ふるさと』。管理人の嬰児と補佐する千里、孤児の望と朔。彼ら四人はそこで生活していた。建物のそばで、一人の男の子が元気に走っている。

「朔、走っちゃだめでしょ!また倒れたらどうするの!」

「少しくらい平気だよ千里」

 怒る一人と気に留めない一人。この光景を、朔と同年代の望は黙って見ている。言っても聞かない様子に千里はため息をつき、放任した。

 朔は重い心臓病だったが手術で克服し、医師にも心配はないといわれている。だが、まだまだ油断は禁物だ。

「体に負担がかかるのに……」

「まああの年頃は遊びたい盛りだろう。好きにさせたほうが」

 朔は望の手を引いて遊び始めた。嬰児がたしなめるが、千里は納得がいかない。

「それはそうですけど……!」

 千里は険しい表情を浮かべた。

「……黒いリムジンが猛スピードでこちらに向かっています。咲良さんです。森に行って対処してきますね」

 嬰児が止めるまもなく、千里は駆け出した。

 この森にまで乗り込むなんて、恥知らず。道なんてないでしょうに。

 千里が迷わず飛び出した先には黒いリムジンがおり、運転手は急ブレーキをかけて彼女の目の前で止まった。

 カタリと静かにドアが開き、冷たい印象の女性が現れる。スーツ姿の由子はパンプスの音を立てながらつかつかと近づいた。

「いきなり飛び出してきたら危ないじゃない。もう少しで八手が人殺しになるところだったわ」

 笑えない冗句に千里は愛想笑いさえしない。

「……お久しぶりです、由子さん」

 頑なな千里を一瞥したが、由子は気にせずに続けた。

「風無は?」

「来ていませんが」

「ならどうしてここで出迎えるの?いるんじゃないの?」

「ここの森を荒らさないでほしいからです。こんな車で乗り入れるなんて。ちゃんと歩いてきてください」

 由子は小さくうなずき、一気に老け込んだ。

「……嘘はないって、信じていいのよね。……心当たりがなくて。――――風無が家出したみたいなのよ」

 千里は初めて表情を変える。

「……風無にはGPSつきの携帯電話を持たせていたんですよね?あなたが社長だから営利誘拐の可能性もあって。……位置は?」

 由子はラップトップを開き、スリープモードを解除した。由子は画面を見るように少女に促す。

「千里ちゃん、悪夢だわ。GPSももう探知できないの」

 千里はそれを見て、倒れこみそうになる。

 メイン画面には、頼りなさげに明滅している位置情報。それは間違いなくこの森だ。そして別のウインドウには、風無が忽然と消える映像が映し出されていた。


 ある町の建物の一室。そこでは一人の大人が部屋の子供たちに話しかける。

「咲良は病気で入院することになり、しばらくこられないそうだ」

 教室はざわめく。絶対そんなこと方便だと。

「……やっと消えた」

 一人がポツリとつぶやいた。


 一週間後、風満、若葉、科戸は族長のパオに入った。神妙な面持ちの彼らをみて、族長は内心ほっとする。

「さあ、結論を聞こう」

 その言葉に、彼の一人娘は大きく首をふる。

「――――その件で。お話があります――――」








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