第7話 話したくない話
精霊の森は、真昼でも暗い。風無がいる御神木の森とは違い、木々が生い茂ってうっそうとしているからだ。
独特の雰囲気もあり、あまり近づくものはいない。例外は風満のような若年層だ。
大多数の住民は草原のパオに住むが、若葉の家はここにあった。
ざくざくと森を進むと、開けた場所に出る。木造建築、平屋建てでとても広い。そんな家がぽつんと建っている。
風満は鍵がかかっていない若葉の家に上がりこんだ。間仕切りは布で風通しがよすぎる感があるが、部屋がいくつもあり、一人で暮らすには十分すぎる。
そして、来客が来てもすぐには分からない。笛を取り出して軽く吹く。家中にそよ風が吹き渡る。
微かに香のにおいを乗せてきた。風満は香りのもとへまっすぐに向かっていく。
だだっぴろい廊下の中程の部屋で、ぴたりと足を止めた。
「こんちは。お邪魔しまーす」
「あ、また風満は風吹かせて居場所を調べたわね」
部屋には大量の書物を読んでいる若葉と、それにうもれかけている科戸がいた。
若葉は形のよい眉をひそめながらも、本気では怒っていない、
「ったく、なんで俺はだめで風満はいいんだよ。俺だって若葉の使ってる香くらい分かるから、吹かせたら探す手間省け――」
「科戸は香りを運ぶ香風吹かせたらだめよ!」
「字を置き換えて好都合の風……」
ぱっちん!
若葉の平手打ちが炸裂した。
「好風にしてもだめだからね!生理的な問題に決まってるでしょ!」
「ほんっと、乙女心わかってなーい」
「……それで、今日は大丈夫なの、風満」
若葉はなにもなかったかのように風満を見る。
「あ、今日は休んでいいって言われたから」
若葉はこっそりと漆塗りのケースを渡した。痛み止め。声に出さず、風満は受け取りするりと上着の中へ入れた。
頬に赤みが残る。
しきりなおすように、風満は大きく息を吸う。
「それで、二人ともどう?風無がどうしてここに来れたか分かった?」
「うん、ほとんど判ったよ」
若葉がまぶしい笑顔を見せる。ただしかなり目立つくまがついているが。
「風満、若葉止めてくれ。気になって来てみたらこれだ。食べることすら忘れてるんだ」
里一番の読書好き、若葉。とにかく優先順位は読書。そのためなら食事睡眠、なんでも犠牲にする。彼女は目の前でどんちゃかやられても平然と本を読んでいられるのだ。科戸一人の制止なんて聞いていないだろう。
「心配になるけど無理。こうなったら止められないよ。それはそうとなんでうまってるの?」
「若葉の読み終えた本整理してたら崩れたの。……って、族長俺のことなんか言ってなかった?」
投げやりになった科戸がうもれたままつぶやく。気にするならさぼらなきゃいいのに。
「言ってたよー。二人とも休み。これからのこと、よく考えろって」
その途端科戸が書物を散らしては寝起き、若葉もしおりをはさんで閉じた。
「……次期族長と、その後継者の話――?」
硬い声の若葉。
「そう、その話」
いつだって、楽しい時間を重くするのはこの話題だ。
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