第4話

 風満は草原へ出た。あたり一面黄緑の海。雲ひとつない青空を眺める。邪魔されることもないため、何かあるとここに来る。一種の避難場所だ。

「風満、どうした?」

 ちらと振り返ると、風満の後ろには科戸がいた。どこかで見られたらしく、追いかけてきたらしい。風満はあわてて顔を戻すと草を見た。

「……あたしお節介なのかなあ。たまに忘れちゃいそうになるんだ。あたし達みたいな性格の人間ばかりじゃないって。うっとうしく思う人もいるよね。けっこう世話焼きすぎたし。……風無は、なんかあたしたちと違う。それなのに、あたしは科戸や若葉と勝手が違うからって、ひどいこと言った」

 眼前でしょげかえる友人。科戸は空を見上げた。

「……まあお前はお節介だよ。違うとはいえねえし。でも自覚してるじゃん、自分が何を言ったか。自覚してたらいいと思うよ」

「……ありがと。でもこういうとこ、嫌い。一人突っ走って、勝手に怒って」

 科戸は風満のほうを見る。

「風無のこと気になってるならさ、行ってこいよ」

 彼は知っている。人を傷つけてしまう言葉も言ってしまうけど、相手が嫌いで言っているわけじゃないと。


「僕さ」

 沈黙が続いた中漏れ出た声。若葉は即座に反応し、声の主を見た。

「人と関わりたくないんだよ。できることなら関わらないで生きていきたい。いろいろとあって。三人とも僕に親切にしてくれるのは助かるし、嬉しいんだ。でもどうしてだろう、裏があるんじゃないかとか。そんな事ばっかり考えてて。……人を信じきれないこんな自分が、嫌で」

 若葉は痛い表情の少年を見る。

「……風無の思ってることは、間違ってないと思う。だって私達、風無から見て怪しいって思われても当然だもの。警戒するのは当たり前だわ」

 でも、と風無は顔を上げた。

「僕ぜんぜん必要な事覚えてないし、忙しそうだから迷惑かけてたらって思うと聞けない。あと、人と話すのも、そんなに得意じゃないから、無愛想で、最初のころなんか君に失礼だったし」

 若葉は少し怒った顔になった。

「問題をすり替えちゃ駄目よ?自分を否定しなくていいの。ね?それに、私たちは迷惑だなんて思ってないわ」

 言い終えて、若葉はちらりと後ろを見た。

「……人って、自分と性格が違うと、合わないことが多いのよね。風満と風無は、真逆。風満は自分の気持ちをぽんぽん言っちゃうもん。私は引っ込み事案だからうらやましいんだ。でも私達は仲良くなった。おんなじように、二人も仲良くなるような気がする。自分の気持ちを言ってみたら、風満はわかってくれるよ。風満は思ってもないこと言って損すること多いから」

 その言葉の後、木の影から風満が現れた。息を切らせて、ばつの悪い表情で。立ち上がった風無の目をそらさないように彼女はがんばっている。

「…あ、あのさ、風無。その、あたし――」

「いいよ」

 自分でも自然に言葉がでてきたと思った。出鼻をくじかれた風満がいぶかしげな顔をする。

「僕も意地、張ってたし。二人とも、ごめん。感じ悪くて。ちょっと誰にも助けを借りない生活、長かったから。……これからはさ、いろいろと――――助けてもらって、いいかな?」

 静かな時間が流れる。風無はそれを長く感じ、目を下に落とそうとした。

「もちろん。喜んで」

 朗らかに、風満は笑った。それを見て、風無は肩の力を抜いた。

 和やかな雰囲気のなか、若葉は風満の後ろの、木の影に隠れていた人影に目をとめる。

「――科戸、仕事は?仕事抜け出してばっかりだったから、誰か目の届くところにいなくちゃ後で怒られるんじゃない?確か今日は一日中仕事じゃなかったっけ?」

 隠れたままの科戸はみるみる青くなっていく。若葉はなおも科戸を見る。彼はあさっての方向を向きながら口笛を吹き始めた。

「……科戸、さぼったらみんなに捜されて、風無が見つかるかもしれないでしょう!?」

 目を細めた風満が科戸に詰め寄ろうとしたのを若葉がとめた。彼女はいい笑顔を浮かべている。

「科戸、一度風満のお父様からありがたいお話を聞いてきたら?きっと長い間つきあってくださるはずよ」

 科戸の額に冷たい汗が流れた。状況が読めない風無に風満が耳打ちする。

「あたしの父さん族長なの。全体の仕事を指揮してるんだ。科戸はすぐさぼるから手を焼いてるってわけ。最近お冠だから、お説教半日くらいかかるかも。それに罰として追加の仕事が出されるし……。若葉はそれが嫌なら、自分から出向いて謝る。それからもう仕事さぼるなって言ってるのよ」

 若葉はそれが聞こえたのか、科戸を見たまま言い放つ。

「さっきのは言葉どおり、おとなしくお説教受けてきたらって言ったのよ」

 正面で眉を上げる若葉にお構いなしに、科戸は大きく伸びをする。どうやら開き直ったようだ。

「ちょっと、科戸!」

 声を荒げる若葉を一瞥したあと、科戸は風満に向き直った。

「風満、親父さんに頼む」

「無理、もうかばいきれない。科戸仕事抜け出しすぎ」

「くは。やっぱりか」

 大仰に肩を落とすと、科戸はくるりと背を向けた。

「長い説教聴きたくないからな~。ってことで風満、俺の分の仕事もよろしく」

 言うが早いか、科戸は走り去る。

「……ふざ、けん、なってーの!なんであたしが尻拭いしなきゃいけないのよ!」

 風満はこぶしを震わせ、きっと若葉に詰め寄る。

「若葉、あたし科戸追いかけてくる。父さんに事情言っといて!」

 風満は若葉に反論する機会を与えず、科戸を追って走り出した。

 そういえば。この三人はどうやって生活しているんだろう。同い年に見えるが、仕事も限られるだろうに。まして自活なんて。

「ねえみんなの言ってる、仕事って?」

 若葉は難しい顔のまま風無に向き直ったが、その歯切れは悪い。

「――そういえば、まだ、なんにも話してなかったね。今日の夜、みんなで行くわ。長くなるし説明しにくい部分もあるから全部は話せないけど」

 全部でなくても、必要な部分が分かるだけでもいい。この生活にも少しは順応してきたが、やっぱり情報はないと不安だ。

「うん、待ってる」

「ごめんね。三人いっぺんにここに来ると里の人に気づかれて探されるから……。遅くなるかもしれないけど、絶対来るから」

 若葉は振り返りながら、小さくなる。足音がだんだん遠のいていった。

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