第39話 賢者の戦略
あれからヒューゴはカワグチより移動し、隣のアカバネを占拠した。
そこで南下の構えを見せつつも、足を止める。
進撃の気配はあくまでも装いだけだ。
この方針は賢者による提案である。
消極的な姿勢には魔王軍の誰もが訝しく思う。
それでも強攻策を打ち出さないのは、未知なるヒトの兵器や戦略を警戒したが故である。
そもそも人間側も迎撃体制を整えてしまったので、安易な攻勢に出ることを難しくした。
各先進国により構成された連合軍は最新鋭の軍備で固めている。
無策につき進もうとしたなら、手痛い反撃を受けることは確実である。
そうして主戦場が定まった事により、戦いは日に日に激しさを増し、戦線は膠着状態に陥いるのだった。
「南路より敵部隊600とセンシャ隊! 西路より200が進軍中!」
「畜生め、次から次へとキリがねぇな!」
「南は僕とケンタウロス隊で、残りはブライと狼人隊が当たって! ここの守備は虎人隊!」
「野郎共! ぶちのめしに行くぞオラァ!」
ヒューゴの指示のもと各隊が準備を始める。
そんな彼らの元へ歩みより、術を施そうとするのは錬金術師だ。
「はーい皆さん、装備を強化しますよージッとしててねー」
武器や防具が深緑色に染まる。
すると各種性能は飛躍的に増し、戦力の消耗を防ぐことに貢献する。
この補助スキルのおかげで、魔王軍は継戦力を落とさずに済んでいた。
「南の敵を撃退するよ、ついてきて!」
迷い無き号令が彼の配下に無敵の力を与えた。
激励を受けた忠実なる部下は、風よりも速く駆ける主の背中に、ピタリと寄り添いつつ進撃していく。
左右に幅の広い幹線道路を往く。
周囲の建物は戦闘の余波により荒廃としているが、そこに気を払うものは居なかった。
それから互いに敵影を捕捉すると、戦場は突如として騒がしくなる。
連合軍による一斉射撃がヒューゴたちに襲いかかったのだ。
「散開!」
弾丸が標的を穿とうとするも、到達した頃には既に相手は居ない。
銃口の向きさえ見誤らねば回避も難しくはないのである。
「我らが狙うは歩兵隊だ! 弓絞れ!」
タロウたちは疾駆しながら次々と矢を射かけた。
それは錬金術により爆発性能までも上乗せされている。
強弓の衝撃と爆風。
これには連合軍の兵士も為す術なく吹き飛ばされていった。
その意識もろともに。
一方、ヒューゴの狙いは5両も連なる戦車隊である。
ビル壁を走り空を舞い、相手の照準から外れることで攻撃を未然に防ぐ。
そうして互いの距離を詰めていき、敵部隊の懐に潜り込むと、強靭な拳を繰り出した。
一振りで砲身は弾け飛び、車体の半分は虚しく剥ぎ取られた。
ヒューゴに疲弊は無く、次々と戦車をガラクタへと変貌させていく。
歩兵部隊はケンタウロスにかかりきりで、戦車隊を援護するなど夢のまた夢。
そのようにしてヒューゴたちは交戦し、戦局を覆される事無く、見事潰走へと追いやったのである。
算を乱して退避する背中を横目に、ヒューゴは西の方を見た。
向こうは向こうで優勢であり、遠くから勇壮な雄叫びが届いてくる。
「オラオラ逃げんな! 戦場に出たなら死ぬまで戦えッ!」
ヒューゴはタロウと苦笑を交換しあい、本陣へと戻った。
そんな彼らを出迎えたのは賢者である。
彼女は焚き火を利用し、串刺しにしたマシュマロを並べているところだった。
「随分と早かったのう。ほれ、出来立てを食え」
「ど、どうも」
ヒューゴは串の一本を受けとると、そのままマシュマロに食らいついた。
トロリととろける濃い甘味が口の中に広がる。
これまでに経験したことの無い食感や味わいに、その目を丸くして驚いた。
「うわぁ……美味しいよコレ。ねぇタロウ?」
「アフッ! アッツゥイ!」
「あっ! 君は炎属性に耐性が無いんだっけ」
「なんじゃ、フゥフゥせずに食うたのか。豪気なのか、それとも阿呆か……」
賢者の差し出した水にタロウは飛び付いた。
そして口中に冷水を含ませ、熱で大ダメージを受けた舌先を慰める。
「ねぇ賢者さん。僕たちはいつまで戦えば良いのかな?」
「知れたこと。大物が釣れるまでじゃ」
「大物って……?」
「そなたの親玉に決まっておろう。察しの悪いヤツよのう」
賢者は毒気を吐きつつ西の方を見た。
そちらの戦場も片付いており、ブライが手下と笑いながら帰還している所だった。
「良いかヒューゴ殿。拠点を定めて戦い続けるには訳がある。ひとつ、魔族の鬱憤を晴らすため。ひとつ、人間に力を示しつつ、本腰を入れさせないため。わかるか?」
「鬱憤を晴らすのはわかるよ。これだけ戦ったんだから、それについてはもう十分だと思う。力を示しつつ……というのは?」
「こちらから撤退してしまえば、負けと扱われる。そうなればヒトに侮られ、今後も攻め寄せられるリスクが生じる。逆にこれより南下を始めたならば、相手に過剰な警戒心を植え付けてしまい、より凄惨な戦いに飲み込まれよう」
「つまり、ここで踏ん張っているのが正解だって事?」
「左様じゃ。戦を最も上策に終わらせる鍵は、そなたらの親玉が握っておるのだ。それを決して忘れるでないぞ」
賢者はそう言うと、懐より水晶球を取りだし、ヒューゴに手渡した。
微かに青み掛かった小さな球である。
「これは……?」
「魔総理と言ったか。あやつの説得に必要となろう。上手く使え。詳しくは夜にでも説明してやろう」
ヒューゴはその言葉を聞くと、胸に痛みを感じた。
ニンゲン世界を支配する密命を完遂できそうにないからだ。
その失態による責めが果たしてどの様なものであるかが見えず、微かに戦慄した。
彼の抱いた懸念はもう1つある。
それはニンゲンとの和平についてだ。
一度でも憎み合い、矛を交えた者同士が、果たして上手くやっていけるのだろうか。
戦争と休戦を繰り返すだけになるのではないか。
脳裏によぎる不吉な未来が、ヒューゴの心に暗い影を落とす。
「おうワン公。ようやったな、褒美をくれてやろう」
「なんだ、この串……甘ッ! アンマァイ!」
「どうじゃ妙味じゃろう。のたうち回る程に美味いか。酸いも甘いも噛み分けてこそ戦人というものじゃ」
「何が戦人だブッ殺してやる!」
ブライは顔を真っ赤に染め上げて賢者に牙を剥いた。
だが相手も強者。
飛翔魔法で軽々と身をかわし、ビル群を縫うようして飛んでいった。
高笑いをパン屑のごとく蒔きながら。
怒り心頭のブライは全力で追跡を始める。
そんな後ろ姿を見たヒューゴは、何とかなるかと、抱いた懸念の1つを脇へと追いやった。
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