第38話 落とし所
ヒューゴを始めとした主だったものが集結し、魔王軍の戦略会議が開かれた。
やや寒風の吹き付ける路上にて、焚き火を燃やしながらだ。
暖を取る為に必然的に集団は輪を象る。
「ええと、それじゃあ話をしようか」
ヒューゴは対面に立つ人物の顔色を窺いつつ、掠れ気味の声を発した。
その言葉を合図に口火を切ったのはブライである。
「ニンゲン連中は、それほど手強くはないことが……まぁ、分かったよな。だから、その、このまま進撃して都まで攻め上がるべきだな」
珍しくブライが歯切れ悪く言う。
視線は全体を巡らせているものの、注意は新参者に向けられていることは明白だ。
「先日、空から攻撃をしてきた者があったろう。バクゲ……キキと言ったか。あれは些か厄介であるな」
「確かに戦いたくねぇ相手でさぁ。ウチラん中で飛び回って戦えるのは兄ィだけじゃねぇです?」
タロウとカリンも率直に意見をだすが、その目は自然と一点に集まる。
魔王軍幹部は誰もが座りの悪い顔を並べた。
そんな中、業を煮やして苦言を呈したのは、最も気の短いブライであった。
「なぁアンタら。ちょっと何処かに行ってくれねぇかな」
「うむ? 妾たちの事なら気にするでない。普段通りやってもらって結構」
「結構、じゃねぇ! お前ら一応は敵じゃねぇか!」
ヒューゴたちが気にしているのは勇者一行である。
魔王軍の作戦会議に、さも当然のように加わっているのだ。
招かざる客……とまでは言わないが扱いには酷く手を焼いた。
王の賓客としてもてなすべきか、それとも敵側の特使やスパイとして厳しく接するべきか。
その答えを見出だせないまま今に至る。
更には勇者たちが割と図々しい気質ゆえに、こうして重要な場にまで顔を出してくるのだから始末が悪かった。
「皆さん、お湯が沸きましたけど、味噌と豚骨どっちにします?」
「味噌じゃな」
「錬金術よぉ、醤油は無ぇんけ?」
「そうですね、味噌か豚骨」
「オレは、豚骨がいいぞぉ」
「じゃあ賢者さん味噌、戦士さん豚骨ですね」
「んな事ァ他所でやれよテメェらッ!」
「何ですか、ワンちゃんも欲しいの? でもひと欠片だってあげませんからね。これは妙に軽い財布から出した、重たい重たいお金で買った物……」
「あぁぁッ! 面倒臭ぇ全員殺す!」
ブライは鋭い爪を瞬時に伸ばし、怒りに任せて勇者たちを切り刻もうとした。
だが戦士の盾で全てが防がれてしまう。
その裏では割り箸のパキリという音がいくつも重なる。
そしてズルル、ハフハフと、暢気な空気が辺りを染めた。
極めつけは付け合わせのメンマやら柴漬だ。
しきりにモキュモキュ更にはポリポリと軽快な音を響かせ、軍議を完全に支配してしまう。
そこをサオトメンと監督が双方向で撮影しているのだから、もはや収拾は不可能となる。
「ヒューゴ君よぉ、オレたちの事は気にしねぇで、じゃんじゃんやってくれて良いんだど?」
「勇者さん。それは僕に求めすぎじゃない? この場をどう治めたら良いのさ」
「まぁまぁ。そう妾たちを邪険に扱うでない。餅は餅屋、人の世は人こそが最も知り尽くしておるのだぞ?」
「そうかもしれないけどさぁ……」
「そなたらは人間というものを知らぬ、いや、侮りすぎておる。ワン公も先程、大言壮語を吐きおったからの」
「テメェ! 誰がワン公だ!」
「どうやらお勉強が足りぬようじゃ。どれ、妾がヒトの力の一端を見せてやろう」
「力の一端?」
賢者は問いに答える代わりに魔力による風を生み出し、列席した全員を薄緑の煙に包み込んだ。
するとどうだろう。
その場にいた全員が、何の前触れもなく大海原へと招待されたではないか。
「な、何だ! 何が起こったんだよオイ!」
「狼狽えるでない。これは星の記憶じゃ。幻覚のようなものだと心得よ」
「星の、記憶だとぉ!?」
「遥か昔の出来事を見せておるだけじゃ。ほれ、始まるぞ」
賢者がそう言うと、突如として辺りに閃光が走った。
痛烈な眩しさが世界から色を奪う。
それと同時に響く、けたたましい爆音が他のあらゆる音を消し飛ばした。
一同は慌てふためくが、体に異常はない。
産毛ほどの掠り傷すら負っていないのだ。
だが、蘇った視界が写し出す景色は、その力を知らしめるのに十分であった。
モウモウと立ち昇る煙は余りにも大きく、さながら一個の巨獣がごとく大空を占拠した。
天空の覇者。
そんな言葉が当てはまるほどの圧倒的なスケールは、見るもの全てを呆然とさせた。
太陽を包み隠す程の爆炎など、魔族といえども目の当たりにした経験がないからだ。
やがて禍々しき煙は薄れ、その姿を霞ませてゆくが、突如世界から消失した。
賢者が幻覚魔法を解いたのである。
気づけば全員が焚き火の前に戻されており、墨の弾ける音を聞いた。
言葉はない。
勇猛なる魔王軍の幹部が呆気にとられてしまったのである。
一同が自失する中で、最も最初に声をあげたのはブライであった。
「何だよ……ありゃ」
「ヒトのもつ最強の兵器じゃ。あれでも旧式でな。妾もよう知らぬが、最新式はより機能的に、或いは強力になっておろう」
「あれ以上の物があるってのか!?」
「然もありなん。どうじゃヒューゴ。先程の力を見て、お主は張り合えると思うか?」
ヒューゴは首を小さく横に振った。
これは事実上、魔王軍の敗北を意味するものである。
ブライだけでなくタロウも色をなしたが、すぐに収まった。
負けを認めた理由など聞くまでも無いからである。
「ねぇ賢者さん。ひとつ気になったんだけど、聞いても良いかな?」
「どうぞ、ヒューゴ殿。妾が知りうる事であれば」
「あれほどの力、僕でさえ試すどころか、考えたことも無いよ。使う場面だって思い付かない。でもニンゲンは違った。あんな規格外な力を生み出して、放った。それは一体何の為なんだい?」
「それは分からぬ。より強い力を求め、求め続け、歯止めが効かなくなっておるだけじゃろうな」
「だからって……限度ってものがあるじゃないか」
「そうじゃな。妾もそう思う」
思いがけない現実を目の当たりにし、皆が、特にヒューゴは心を大いに騒がせた。
こうなってしまえば、まともな理屈など考える事は難しい。
この場面において、幹部の中で冷静な思考を保てたのはタロウ1人だけであった。
彼は少しばかり声を張り上げて進言した。
「ヒューゴ様。畏れながら申し上げます。魔界に援軍を求め、かの力に対抗致しましょう!」
「援軍? これ以上来てくれるハズがないよ」
「軍団を呼ぶのではありません。魔界に封じられし太古の魔物を放つのです。金剛竜や白夜狐などであれば、いかにニンゲンが恐ろしき力を持とうとも負ける事は……」
「それは下策も良いところじゃ!」
賢者はタロウに向けて電撃魔法を放った。
直撃するとひとときタロウは痺れ、それからは僅かに黒煙をあげた。
軽微な火傷を負っただけであり、酷い怪我とはならずに済んだ。
「両者が死力を尽くして争ってどうする! それがどんな結果をもたらすか分かっておるのか!」
「我ら魔族は負けるわけにはゆかぬ! 喪った誇りと、拠って立つ領土を必要としているのだ!」
「この阿呆めが! 互いが最終兵器を繰り出したならば、もはや勝ち負けに意味などないわ!」
「意味がないとなぜ言い切れるか!」
「後に何も残らぬからに決まっておろう! 世界は破壊し尽くされ、あらゆる命が死に絶えるわ。荒廃した不毛なる世界が誕生するだけじゃ。そうなってしまえば、勝者も敗者もあるものか!」
賢者の言葉がささやかな反抗心を吹き飛ばした。
タロウは舌打ちをしつつ横を向く。
一応は納得したからである。
それからは、賢者に食って掛かるものは居なかった。
魔族としては敗北など受け入れられない心境だが、彼女の正論はそういった感情すらも上回ったのだ。
ーー何も残らぬ、破壊し尽くされた世界。
それがどういうモノを示すかは、誰にも見えていない。
だが先程の幻覚が手伝ってか、これ以上無いほどのリアリティを感じさせた。
身震いする程の恐怖心が、反発しようとする心さえも封じたのである。
「のうヒューゴ殿。お主、自分の役割を心得ておるか?」
「僕の……役割?」
ニンゲン世界を支配し、その全てを魔族のものとする……とは言えなかった。
密命であることもそうだが、今となっては口にするだけ虚しいものである。
「分からぬか。ならば妾が道を示してやる。これは人間と魔族の双方が納得すべき、落とし所となろう」
「うん……聞かせてもらえるかい?」
ヒューゴだけでなく、他の者も賢者に注視した。
先程まで立腹であったタロウでさえもだ。
全員の耳目を存分に集めたことを確信すると、賢者は明瞭な言葉を告げた。
「魔界の領土をサイタマまで広げよ。それによって生じる富で民を安んじ、怒りを鎮めよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます