第37話 祝福の嵐
無人となった埼玉の道路を行く、リヤカーが一台ある。
勇者カネナシ一行だ。
彼らは賢者の指示のもと、検問を真正面から突破したのだ。
当然、公権力により執拗に追いかけ回されたのだが、そこは流石に超人集団だ。
錬金術で強化したリヤカーを、戦士と勇者の両名が亜音速で走らせ、ほどよく追っ手を撒くと賢者が隠密魔法を唱えた。
絶妙な連係プレーにより、彼らは行方をくらますことに成功したのである。
「はぁ、はぁ、流石にしんどいぞぉ」
「なんじゃこの程度で、情けない奴等じゃ」
「オメェは、良いよな。オレたちぁ牛じゃねぇど」
「むぅ……止むを得まい。予定はおしておるが小休止じゃ。その間はラジオをつけよ」
路側帯につけてリヤカーが止まった。
錬金術師は訝しみながらもスイッチを入れた。
すると、本来なら陽気なトークが流れてくるハズなのに、ラジオから発せられたのは重々しい声だ。
緊急速報である。
知らされた言葉を耳にするなり、皆が賢者の意図を察した。
ーーサイタマで由々しき事態が起こっています。新種のウィルスによって、一帯は危機に冒されており、超法規的手段によって封鎖対応を施しました。
勇者たちは顔を見合わせた。
明らかに事実とそぐわない内容が、公式見解として発表されたからだ。
今回の魔族による決起を、疫病騒ぎであると断定し、同時に国民に嘘をついたのである。
ーー専門チームによる検討を重ねた結果、発生源であるサイタマ南部を焦土化させ、人類への脅威を一刻も早く取り除くべきとの考えに至った次第であります。住民は全て引き揚げを完遂しており、後は文化財や私財を残すのみ。事態は急を要しているため、本日正午に、計画を実行に移すものとします。
その言葉を聞くなり、勇者は100円のデジタル時計を取り出した。
画面が11:37と打ち出す。
「ちょっとぉぉ! このままじゃ僕たちは焼き殺されちゃうじゃないですか!」
「ミサイルとか、爆弾が飛んでくるなんて、さすがのオレたちも死んじまうぞぉ!」
「やべぇ! とっとと信州にでもトンズラすっぺ……」
「喧しい! 落ち着かぬか貴様ら!」
賢者の一喝がひとときの静寂を取り戻すが、納得には程遠い空気である。
次の瞬間には誰かが『よくも危険な目に遭わせやがってクソ女』とでも言い出しかねない雰囲気である。
賢者以外は、基本的に魔族との交戦を考えていたのだから、まさに騙されたような気分であった。
彼らを騙しているのは政府なのか、それとも賢者なのかは判断に迷う所であるが。
「偉そうな事を言わないでください! よくもこんな危険な目に……」
「そのバカでかい袋を何のために用意させたと思っておる! この未曾有の危機を回避し、無駄に命を散らせぬ為の物ではないか!」
「オメェ、何を言ってんだべ……」
「時が惜しい。先を急ぐぞ! 勇者は魔力を使用して車を牽け。飛翔魔法を一度唱える余力さえ残せば、力を使い果たしても構わぬ!」
「飛翔魔法って、そんなもんで何が出来んべよぉ」
「錬金、お主は袋を強化せよ。ちょっとやそっとでは破れぬ様に致せ!」
「賢者さん、少し位は説明を……」
「戦士、貴様は後先など考えず、ひたすらに車を牽け!」
「オレだけ指示が雑だよぉ」
「急ぎ出立じゃ! 何としてでも正午までに間に合わせよ!」
3人は、特に錬金術師は納得がいかず、尚も言い募ろうとした。
だが、すぐに口をつぐむ。
賢者の右手に致死魔法の黒い光を見たからだ。
その強烈な脅しにより、一行はサイタマ北上を再開したのである。
リヤカーは再び亜音速に迫る速度で疾走した。
音の壁に迫るスピードが暴風を生じさせ、周囲に小さくない被害をもたらしてゆく。
信号機はひん曲がり、カフェのオープン席が消し飛び、チェーン店のマスコット人形などは窓を突き破って壁に突き立った。
そのようにして軽快に破壊を伴いつつも、とうとうアカバネまでやってきた。
その頃にはさすがに疲弊の色が出始め、足並みは大きく衰えていた。
「皆さん、ちょっと静かに。何か変わった音が聞こえませんか?」
「……ついに来おったか!」
東の空より、けたたましい轟音が鳴り響く。
遥か上空を悠然と飛ぶそれは、最新鋭の爆撃機であった。
「アワワワ! 艦砲射撃なんかじゃない、本気で殺しに来てるじゃないですか!」
「止むを得ん。カネナシ、ここから飛ぶぞ!」
「はぁ、はぁ、ァアン?」
「グズグズするな! 急げ!」
賢者は錬金術師に用意させた不思議な袋を掴み、もう片方の手で勇者の襟首を締め上げながら翔んだ。
さながら飛燕のごとき素早さで空を舞う。
ぶら下がる勇者の顔色が怪しくなるが、どうにか正午までにカワグチ上空へたどり着くことが出来た。
飛翔魔法は長時間浮遊することができない。
故に、作戦行動は速やかに行う必要があった。
「カネナシ、袋の反対側を持て! そして目標を袋にしまったならば、振って振って降りまくれ!」
「ゲホッゲホ! 何を、袋に入れるんだべぇ?」
「察しの悪いヤツめ、今に分かるわ!」
言い終えるなり、上空からは鳥の鳴き声にも似た音が降り注いだ。
それは自由落下しながら、みるみるうちに姿を現す。
重量級の爆弾である。
科学の粋を集めた殺戮兵器が、地上を占拠する敵を殲滅しようとその牙を剥いたのだ。
賢者と、彼女に引きずられるようにして勇者がそちらへと急行する。
そして袋の口より招き入れ、凶悪なる兵器を虜にした。
「今じゃカネナシ! 爆発するまえに振れ!」
「わ、わかったべよ!」
巨大な袋を懸命に振りまくり、その発明の力を引き出した。
不思議な袋の能力は、対象物を2つに増やす事。
それと同時に、個々の能力は半減してしまう。
すなわち袋を振るほどに、先程の爆弾は倍々に数が増えていくが、ひとつひとつの威力は果てしなく減じるのである。
爆弾数は2×2×2と繰り返し、威力は半減の半減の半減を果てしなく続けていくのだ。
「賢者! さすがにもう袋がパンパンだと!? 強化してても破けちまうだ!」
「頃合いじゃ! 後はワシに任せ、お主は地上で待て!」
「お、おうよ!」
魔法効果が切れる限界間際に、勇者は地へと降り立った。
賢者は魔法を継ぎ足して再度空を翔んだ。
そして袋の端に穴を空け、その状態で辺りを飛び回る。
穴からは粗挽き胡椒大にまで縮んだ爆弾が多量に溢れ、空を黒く染めた。
風に流され、四方八方に散らばったそれは、地面に落ちると破裂した。
ぽん。
ぽぽんぽん、と。
それはもはや、人肌に触れても問題の無い火力となっていたのだ。
当然だが何者も傷付ける事は無い。
ワインを開栓したかのような音が、長々と街の至るところを埋め尽くしていく。
あらゆる命を焼き付くす文明の炎は、さながら祝福を与える拍手へと変わったのだ。
「ふぇぇ……。流石に疲れたべよ……」
勇者はとあるアパートの屋上に寝そべり、その様子を他人事のようにして眺めていた。
賢者は今もなお『破裂する胡椒』を振り撒いている最中である。
それからは地上の騒がしさを感じ、そちらへと目を向けた。
ケンタウロスに跨がるヒューゴが勇者の元へ疾駆している所であった。
「もう動けねぇべ。ヒューゴよう。昔の誼で、乱暴だけは止めてくれっけ」
独り言は破裂音に遮られた。
周囲に鳴り響くその可愛らしい音が、不吉な未来を遠ざけるような気にさせた。
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