第35話 魔王侵略す

その頃早乙女たちは、移動中の魔王軍を探して車を走らせ続けた。

だが、中々容易に見つけられずにいる。

それもそのはず。

ヒューゴの動向について知っていることと言えば、サイタマのどこかを南下中、という1点だけである。

ネットで出回っている写真をみるに、南サイタマだと目星をつけてさ迷うが、手がかりは余りにも少なすぎた。

SNSの続報に期待するも通信障害に妨げられてしまい、有用な情報を得る事は叶わなかった。



「あぁ……見つかりませんねぇ」


「そうだねぇ」


「もっと北かもしれませんね、オオミヤとか、アゲオとか」


「そうかもねぇ」



長引く運転に話題は尽き、車中の会話は激減した。

気さくな上司も言葉数が少なくなり、話す代わりに辺りを懸命に捜索している。

まるで周囲の安全を確認する母鳥のように。



「早乙女くん。今はどの辺りだい?」


「ええと、コシガヤ……いや、カワグチの辺りですかね」



辺りからは人の気配が完全に消失している。

早乙女は不気味さを、そしてそれ以上の眠気を感じながら運転を続けた。

対向車すら通らぬ道なので、事故を起こす心配は少ない。

それでもそろそろ休憩が欲しいと思い、監督に提案を持ちかけようとした。

まさにその時だ。


静まりきった街に突如として破裂音が鳴り響いた。

小刻みに、かつ幾重にも重なるそれは、どう聞いても銃声である。

早乙女は思わずブレーキを強く踏み込み、前傾姿勢になりながらも停車した。

身の安全を確認する前に、監督と互いの顔を付き合わせる。

どちらも驚愕の表情に染まりきっていた。



「監督、今のって……」


「急ごう。ここからそんなに離れてないよ」


「わかりました!」



今度は急ハンドルを切って対向車線に乗りあげ、音の発信源へ向けて車を走らせた。

その間もしきりに銃声は耳に届いている。

まるで戦争映画にでも迷い込んだような錯覚を覚えるほどに、途切れる事無く鳴り続けた。


無灯となった信号機を見ずに交差点で向きを変え、ただただ音の鳴る方へ目指してハンドルを捌く。

すると、早乙女たちはとうとう視界に人の姿を捉えた。

警官隊が築いた陣を横から見る格好である。

必死の防戦中の為か、早乙女たちの存在に気づく者は居なかった。



「か、監督! あの銃、本物じゃないですか?!」



警官隊の放つ銃からは、撮影用とは比べ物にならない程の射撃音と硝煙の臭いが放たれ続けた。

散々に撃たれたせいか、辺りには霧にも似た煙が立ち込めている。



「早乙女くん。録ろう!」


「えっ?」


「カメラは僕が使う。君は電話の動画機能で撮影して!」


「監督! 外に出たら危ないですよ!」



制止の声を聞くこともなく、監督は車から飛び出して、颯爽と市街地を駆けていく。

だいぶ遅れて運転席のドアが開かれ、早乙女も足音を殺して後を追いかけた。


やがて、警官の顔を識別できる程にまで近づくと、路地裏の入り口で背を屈めた。

主戦場が一望できるロケーション選びは、伊達に監督を生業にしていないと言えた。



「あぁーー、怖ぇ! こんなに近付いたら危ないですって。巻き添えを食っちゃいますよ!」


「静かに。声が入っちゃうでしょ」



監督はレンズを壁から覗かせるようにして撮影を開始した。

その背中は、もはや会話は無用と告げているようである。

それから耳に聞こえるのは、戦場を飛び交う射撃音と怒声ばかりとなる。



ーークソッ! 銃が効かないだなんてあり得ないだろ!


ーー手榴弾だ! 総員、手榴弾を投げろ!



ある者の『意向』により、特別な装備に身を固めた警官隊が、より攻撃的な戦術に出た。

数えきれぬ手榴弾が安全ピンを抜かれ、一斉に投擲されたのだ。

即座に轟音と爆風が辺りを席巻し、その熱風の余波は早乙女たちにも僅かに届いた。


声にならない悲鳴をあげる早乙女とは対照的に、監督はカメラをぶらす事無く構え続ける。



ーーハァッハッハ! これがヒトの力とでも言うのか! 弱い、余りにも弱すぎる!



立ち上る煙の隙間からは、不敵に笑うヒューゴが顔を覗かせた。

体には傷ひとつ付いていない。

弾丸の雨と手榴弾の爆風すら、手傷すら負わせる事が出来なかったのだ。

この展開には、さすがの監督も『おぉ……』と感嘆の声を漏らした。



ーー手榴弾も効かないだと! そんなバカな!


ーーいや、効いてるぞ! 少しよろけた! もう一波いくぞ!



隊員が再び同じ攻撃を仕掛けようとしたが、それを妨げるような声が彼らの頭上から降り注いぐ。

十数騎の弓騎兵とおぼしき男たちが、高所を押さえたのである。



ーー不敬なる悪漢どもめ! それ以上陛下に弓引くことは、この私が許さん!


ーー誰だ、どこだ!?


ーーあそこのマンション、屋上だ! 投擲ヤメ、射撃用意!


ーーケンタウロス隊、遠慮は要らん! 連中を針ネズミにしてやれ!



通常よりも数倍は大きな矢が警官隊に降り注ぐ。

風切り音も不気味さを与えるほどに重たい。

そして威力も想像を絶するものであり、隊員を囲むように設置された盾を粉々に破壊してしまう。

一矢で鋼鉄を撃ち壊す程の威力である。

その衝撃も凄まじく、並み居る隊員は余波だけで吹き飛ばされてしまった。

ある者は家の外壁に、またある者は護送車に叩きつけられ、その場で意識を手放した。



ーー虎人隊! オレに続けぇ!



警官隊の背腹を突く形で、別動隊が追撃となる一手を加えた。

ブライの両爪は装甲車を容易く引き裂き、虎人たちも大きな斧を掲げ、次々と車体に振り下ろしていく。

瞬きの間に警官隊の築いた重厚なる防備は粉砕され、無惨にも蹂躙する蹄に踏み荒らされてしまった。



「すごい……なんて迫力なんだ!」



監督は取り憑かれでもしたかのように、夢中になってカメラを回し続けた。

人智を超えた戦いが、その躍動感が、すっかり彼を虜にしてしまったのだ。



「監督、帰りましょうよ! もう十分に撮れましたよね!?」



早乙女は監督の袖を強く引っ張るが、一ミリも動かす事が出来なかった。

地蔵と言うべきか彫像と喩えるべきか。

全体重をかけても、文字通り一歩もその場から離れられずにいた。

そして、この一幕が彼らの命運を分けた。



「そこのニンゲン、大人しくしろ。抵抗すれば命は無い」



撮影班は、いつの間にか湧き出た狼人隊によって囚われの人となったのである。

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