第34話 ヒトのミヤコ

北関東より一路トウキョウへ。

南方の都を目指す魔王軍は、整然とした行軍を続けた。

全戦闘員が遠征に従軍している。

戦闘に不向きな種は、事情通のカリンを除き、皆が村で待機中だ。

万が一村を強襲されたとしたら、ひとたまりも無いのだが、十分な守備兵を割ける程のゆとりも無かった。


略奪や無益な殺生の禁止。

それは出立前に課せられた数少ない軍規であるが、極めて忠実に守られた。

ある者は忠義心から、またある者は猜疑心によって。


強靭なる魔族が何を警戒しているのかと言うと、人類が誇るテクノロジーの数々を、である。

目につくあらゆる物が魔族の常識を遥かに超えているのだ。

彼らにしてみれば用途どころか、触れて安全な物であるかすら判断がつかない。

そんな理由から気軽な探索を、更に言えば略奪や家屋侵入などを企む事はなかった。



「ニンゲンというのは解らんものですな。辺り一面を灰色に塗りたくるなど……、私には理解できかねます」



ケンタウロス隊の部隊長タロウが、道路を眺めては呟いた。

畏まった物言いなのは、背中に乗せたヒューゴが反応をした場合、非礼とならない為の配慮である。

実際ヒューゴは言葉を返したので、予防線に意味が生じた結果となる。



「不思議だよね、どうしてだろう? カリンは理由を知ってるの?」



これまでにオオミヤ、ウラワと大きな街を通過してきたが、魔族にとってアスファルトの大地とは面妖そのものである。

理由や経緯について心当たりのないヒューゴは、事情通と評判高い仲間に問いかけた。



「兄ィ。こいつぁいわゆる、風刺ってやつですぜ」


「うーん、どういう事?」


「人生は灰色だっていう自虐なんですわ。酒場で耳にした話なんで、間違いありやせん」


「そうかぁ。酒の席で秘密がもれた感じなのかな」



カリンは宴席での戯言を、さも真実の如くひけらかした。

もちろん事情や真相を知らぬヒューゴたちは、まま信用せざるを得ない。



「カリン殿。私からも質問をお許しいただけるか?」


「アッシで分かることでしたら、どうぞ」


「巨大な箱らしきものが住居なのはわかった。それではあちこちに点在する、小さき箱はなんだ。あれも住居か、それとも兵器の類いか」



乗り捨てられた乗用車を指差し、タロウが問いかけた。

カリンは弁舌滑らかに答えようとするが、彼よりも早く反応を示したのはヒューゴである。



「あれは車っていう乗り物だよ。撮影村にも何度か来てたよね」


「乗り物……にございますか。馬が牽くには少々大きすぎるように見受けられますが」


「馬は必要ないんだ。何か燃料を燃やして走るようだから、火魔法仕掛けの一種なんじゃ無いかな?」


「やはり、私には理解できかねます。そんな大掛かりな仕掛けなど用意せずとも、健脚の馬を一頭養えば済む事にございましょう」



タロウは強く鼻息を吐き、乗り捨てられた車へ向けて一矢だけ放った。

大ぶりの矢はいとも簡単にフロントガラスを粉々にし、運転席を貫通、更にはリアガラスを破壊させて壁に突き立った。

その様子をつまらぬように眺め、再び鼻息を吐く。


魔王軍はそれからも質疑応答を繰り返しながら、幹線道路沿いに南下していった。

アラカワを橋伝いに越え、カワグチに到達した所で、先行の狼人隊がヒューゴの元へと帰陣した。



「前方に 敵! 50名ほどが横隊で布陣中!」


「野郎ども、ここからは潜みながら進むぞ! 敵に気取られんじゃねぇぞ!」



報告を聞くなり、ブライがすぐ声を荒げた。

人間の軍隊が銃火器を使用する事は、魔族たちにとっても周知の事実である。

どれほどの威力か詳しくは知らないものの、直線上に身を晒す事だけは警戒した。


ヒューゴたちは建物の脇を縫うようにして進むと、遂に敵の姿を視界におさめた。

幹線道路上に大勢の警官隊が集結し、さらには装甲車や護送車で通りは塞がれている。

大型の重火器が銃口を揃え、獲物を蹂躙するときを今か今かと待ち受ける。


魔王軍はその物々しい様子を建物の陰より覗き見て、打開策を練ることにした。



「大勢待ち構えているね。迂回して避けようか?」


「ダメだヒューゴ。こいつらを潰しとかねぇと、後々挟み撃ちを食らっちまうかもしれねぇ」


「ブライ殿。作戦の立案を頼めるか? 我らケンタウロス隊はいつでも動ける」


「……人間の攻撃は直線的だ。前面は異様に強いが、標的がばらけると大した事はねぇ。これを見ろ」



ブライは足元の小石を並べ、それを戦場に見立てた。

主だったものは敵陣からそちらへと視線を移す。



「囮部隊が敵の注意を惹き付ける。散々に攻撃を受けるから死地になるな。ケンタウロスは2手に分かれて左右から挟撃。高所に陣取って撃つ。背後のでけぇ車は……虎人隊を大きく迂回させ、頃合いを見て叩かせる」


「なるほど。承知した。となると囮は狼人隊となるが……凌げるのか?」


「読めねぇ。オレも鉛玉なんざ食らった事がねえからな。当てられたらどうなるか分からん。いつまで避け続けられるかもな……」


「ならばいっそ囮を止めにしては?」


「ダメだ。迂回部隊が的になっちまう。特にケンタウロスは守りが弱ぇだろ。撃たれれば間違いなく殺されるぞ」



ブライとタロウは案を出し合うが、中々定まらずに揉めた。

それから両者が言葉に詰まると、ヒューゴが力強く言った。



「僕が囮役をやるよ」


「まさか! お止めください、陛下にもしもの事があれば何としますか!」


「僕には絶対防御という能力がある。耐えきってみせるよ。それに、おっかない外見だから、相手の注意も惹けるんじゃないかな?」


「……ヒューゴ、お前さんの言う通りだ。どう考えても、他に適任者はいねぇよ」


「ブライ殿!」


「被害を最小限に抑えて勝つにはこれしかねぇ。タロウは敵に見つからずに済むルートを探しとけ」


「僕からもお願いだよ。どうか聞き分けて欲しい」


「……御意。陛下、ご武運を!」


「話は決まりだ! ヒューゴが単身で中央から寄せて陽動。敵の注意がそっちに向いたら、ケンタウロス隊は射撃位置に移動、隊伍が整い次第射撃。虎人は大きく迂回して背後から強襲。狼人は広く展開し、新手の捜索だ!」



ブライは最後に『しくじるなよ』と檄を飛ばしつつ、ヒューゴの背を強く叩いた。

重要な緒戦である。

失敗すれば魔王軍だけでなく、村に控える魔族たちですら窮地に陥ってしまう事は確実だ。

なので、求められるのは快勝のみ。

人員の補充が出来ない魔王軍にとっては、消耗戦となった時点で負けなのである。


ーー怖い。だけど、戦わなきゃ。


双肩に重さを感じたのか、足を引きずるようにして進み始める。

たがヒューゴはゆっくりと着実に、遮るものの無い道を一歩、また一歩と踏みしめて行った。



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